2009年4月22日 (水)

【第83回】外へ出よう。ボールを蹴ろう!K. R. (地歴・公民)

 皆さん。人間の神経発達、特に運動神経の発達はなんと6歳までに大人の約90%にまで達するということをご存知ですか?

 そして、6歳から10歳くらいの年代に様々な運動、走る・跳ぶ・転がる、そして蹴るこういった動きを経験することが子供の発達にものすごく重要だそうです。

 今年度から金城幼稚園で週1回「サッカー教室」を開催することになりました。園児がお友達と一緒になって大きな声を出しながらボールを蹴り、体を動かす中で、「体を動かすって楽しい!ボールを蹴るっておもしろい!パスがつながるって嬉しい!」と感じてもらえるようなひと時にしたいと考えています。

テーマは…
 (1)動き作り系(走る・跳ぶ・投げる・転がる・蹴る)
           で超一流の運動神経?を目指します(笑)
 (2)おにごっこ系(こどもたちの「遊び」の原点)
 (3)ボールフィーリング系(ボールは友達、当たっても痛くない、楽しく大きく)
 (4)ゲーム系(男の子はこれが楽しみかな?女の子も頑張って)

 この4つのテーマをベースに「楽しい・面白い・嬉しい」が目標です。
 金城幼稚園のお友達のみんな、お楽しみに!

2009年4月 8日 (水)

【第82回】君のハートに金メダルを尾谷 力 (地歴・公民)

 先日帰宅すると、五歳になる娘の様子がなんだかおかしい。いつもはわけもなくはしゃぐ子なのになんとなく元気がない。

 妻の顔を見て、「どうしたの、何かあったの?」と声に出すことなく聞いてみた。妻も私の言いたいことが分かったらしく、そっと「後でね」とのこと。

 しかし、その直後原因が分かりました。娘が『私、縄跳びきらい』と半分泣きそうな顔で話しかけてきたのです。

 娘:『○○君は14回も跳べる』
 私:『佳保(娘の名前)は何回跳んだの?』
 娘:『…』(また泣きそうな顔)
 妻:『また練習しようね』
 娘:『何回やってもできんもん。もうせん、絶対せん』(逆に怒った顔)
 私:『もう一回だけ、パパに見せて』
 娘:『エ~』(しぶしぶ縄跳びの準備を始める)

 その後、妻が説明してくれました。
 この間から幼稚園で縄跳びの練習が始まったこと。娘曰く、何回練習しても2回しかとべないこと。クラスのお友達は多い子では10回をこえて跳べ、○○ちゃん(うちの子の仲良し=ライバル?)も6回跳べること。跳んだ回数によって先生にシールを貼ってもらう競争をしていること(うちの子のシール1つ。つまりなんとか1回は跳べただけのシールしか持っていない)。

 娘は準備が終わって私達が見ているかどうかの確認もなく猛然と縄跳びを始めました。嫌だと言いながらやはり悔しいのでしょう。しかしその様子は「ドタバタ、ドタバタ」。
なんとか跳ぼうと頑張っているんだけど、素人の私が見てもちょっと回数を跳ぶのは難しい感じです。妻も困った様子で『どうしたらいい?ちょっと見てやって』と言っています。

 その日から、娘と私の特訓の日々が始まりました。

 数日後、『パパ、見て見て!』と娘が飛んできました。娘の胸には誇らしく先生お手製の金メダルがかかっています。裏側には114回と縄跳びを跳んだ回数と今日の日付が記されています。スタートの凹みが大きかった分喜びも大きいのでしょう。金メダルをいつまでも離しませんでした。

 私達両親としては、今回の経験をこれからの彼女の人生に活かしてほしいです。

 と親ばかはさておいて、

 今回もまた娘に教えられました。大切なことは諦めないこと。卒業生を送り出した後また新しい年度が始まります。

 今年は、授業も部活動も…。いや、今年こそは…かな。
 今年こそ、「やればできる」、そんな経験をクラスの生徒や部員達と共にしたいな。

 少しだけ暖かくなった三月の風に吹かれながらそんなことを考えたある日のことでした。

2009年4月 1日 (水)

【第81回】卒業H. J. (英語)

1年前の4月。3年6組。

「43人で始まったクラスを、43人で卒業させたい」

そう言って始まったクラスでした。

高校に入って高校を卒業する。
当たり前のことかもしれませんが勉強が苦手、スポーツが苦手、人付き合いが苦手、それでも親御さんの多大なる支援を受け、やっとの思いでがんばって学校に来ている生Viewimg0_2 徒もたくさんいることでしょう。43人43色、色々な生徒がいる中で親御さんの多大なるご理解とご協力によって支えられながらみんなそろって卒業するということは、実は大変なことなんだと思います。

誰かと比較してではなく、とにかく自分なりに努力をして卒業して巣立ってほしいというのが担任としての正直な思いです。もっと正直なことを言うと、巣立っていくのが寂しいという思いもありますが・・・

毎朝顔を合わせて掃除の時間などには取りとめのない話をして遠足では一緒にバーベキューを焼いて食べ体育祭では一緒に買出しに行き 同じTシャツ着て 優勝までしちゃって学園祭では「ひらたこ」なんてうれしい名前で「たこせん」を売ってくれて球技大会でも授業で見せないくらいの(?)イキイキした顔見せてくれて気づけばみんなの写真、1000枚以上撮ってました(笑)

1年間早かったです。
3年6組の担任として、多くのものを得ることができました。みんなとの思い出はもちろん、ことあるごとにもらったみんなからの色紙やプレゼントは一生大切にするでしょう。

3月2日。
43人で始まったクラスは願いどおり43人で卒業していきました。みんな 卒業おめでとう。そして ありがとう。

この文章が読まれるころにはもう新しい学年に向けて準備しているころでしょう。『去年はいいクラスだったなぁ』は、すでに禁句です。

今年のクラスのみんなにも『本当にいいクラスだった』って思ってもらえるように、自分自身がしっかりとがんばっていきたいと思います。卒業していったみんなも新しい世界でがんばっているはずです。自分もがんばらないわけにはいきません。

卒業していったみんな!
校舎も新しくなったし、この文章もまだ慣れない新しい職員室で作成してるんだけど、すごくきれいな校舎でびっくりするよ!またいつでも遊びにおいで!!

みんなのちょっぴり成長した姿を見られるのが、とても楽しみです。

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2009年3月25日 (水)

【第80回】ラッキーマンになろう植木 大 (保健体育)

 みなさんの周りには「あいつラッキーだな」とか「運がいいな」など、何かとツキのある人を見かけませんか?同じことをしているのに「成功する人」と「失敗する人」がいるように、世の中には解明できない「不思議な力」が存在します。

私のように勝負の世界に長くいるとその力をすごく感じます。ただ、それがどのくらいの割合を占めているかはわかりません。しかし、大きな「力」があって色々な影響を受けているのではないでしょうか?不可解ではありますがその「力」を運とかツキなどと呼んで自分に有利に使いたいと思うはずです。

私もその一人で、試合に勝つためや自分を有利にするにはどうすればいいかを常に考えています。では、「ラッキーマン」になるにはどうすればいいのでしょう。私が思うにはそれぞれ異なった特徴があります。

 「ラッキーマン」は
 ・性格が明るい
 ・プラス思考
 ・否定的ではない
 ・忘れやすい(失敗してもくよくよしない)など・・・

 「アンラッキーマン」は
 ・性格が暗い
 ・マイナス思考
 ・悲観的、否定的
 ・失敗を人や環境のせいにする  など・・・

 あくまでも私の考えですが、成功している人で不満や愚痴をこぼしてばかりの人を見たことがありません。心が満ち足りた人はうまくいくものです。

 もともと不可解なものですから、理屈で考えてもダメで一つ一つ経験するしかありません。もちろん世の中や勝負は運で決まるものではありません。その前に実力の勝負をしなければいけません。ですから成功したいと思うなら実力をつけることが一番です。それから運やツキを味方にすることです。まったく実力もないのに運やツキばかりに頼っていても成功はしません。やはり勉強でも練習でも、することはしないといけません(笑)

 ところで「ラッキーマン」になるにはどうしたら良いのでしょう。一番は「ラッキーマン」と付き合うことです。「運のいい人」や「成功した人」と付き合い、物真似をしてみることが「ラッキーマン」になる近道です。また、自分は「ラッキーマン」だと思うことです。「運がいいな」とか「ついてるな」と思える人は様々なことに感謝できる人間にもなれます。

 これからの人生に「ラッキーマンになる」という目標を一つ入れてみてはどうでしょうか?

2009年2月25日 (水)

【第77回】イレブンバックI. I. (国語)

 卒業式が近づいてきました。

 本校が「遊学館高等学校」となって、13年になります。僕はこの間、平成11年卒業の第1期生と、今回卒業の第11期生の2回だけ、1年から3年へと持ち上がりました。そのぶん、この二つの学年には多くの思い出があります。

 第1期生は、明朗快活で積極的な生徒が多く、自分たちが「遊学生」としての伝統をこれから作るんだという、強い意気込みが感じられました。それまで「金城高等学校」という女子校であったわけですから、先生方は男子を指導する経験がありません。男子生徒は、もしかしたら、そういった先生方の指導に少し戸惑っていたかもしれません。それでも、とても明るく自然に高校生活を送っていたように思います。学園祭や体育祭といった学校行事も、生徒主体となり、ずいぶん様子が変わりました。

 そして、大学進学を希望する生徒が急増しました。「自分で自分の道を切り拓いていけ」また「自分の道が分からなくても、道を探すことを止めてはいけない」という僕の指導方針を、生徒たちは真剣に受け取って、自分はどうすればいいかを考えてくれていました。現在、第1期生たちは、三十歳を前にして、それぞれ社会で活躍していることを耳にしています。その中の一人は、本校の先生として頑張っています。

 今回卒業の第11期生は、素直で優しい生徒たちでした。
ですから「自分で自分の道を切り拓いていけ」という言葉には少し抵抗があったようです。

 1年次は、なかなか自分の道が見つからず、悩む生徒が多かったような気がします。僕は、様々な場面で、指示しがちになりそうでしたが、失敗があろうとも、生徒たちの判断・決断を我慢強く待ちました。指示過多になると、過保護に育った子供と同じように、自分で考えようとせず、指示待ちをするようになり、自分自身の人生に関わる重要な決断も人任せになります。そうなると自分の人生にも責任を持たなくなります。

 しかし、心配は杞憂に終わりました。2年次からは、ちゃんと自分の進むべき道を見つけ、目標を持って、努力を始めました。そして、現在。ほとんどの生徒たちが自分の夢を叶えつつあります。中でも、バトントワリング部は、とうとう念願の全国優勝を成し遂げたのです。

 第11期生たちは、人生の荒波にもまれながらも、岐路に立ったとき、自分で考え、自分で判断・決断し、自分の信じた道を進んでいくでしょう。

 「イレブンバック」はこの第11期生たちの同窓会名です。ちょっと変わったネーミングですが、いつの日か、志を果たして、「第11期生ここにあり」と誇らしげに、母校を訪ねてくるものと信じています。

 少し早いけど、卒業おめでとう!
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