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2024年7月25日 (木)

【第845回】「加藤 晃先生を偲んで」寺山 いずみ (養護)

 令和6年3月27日、学園長 加藤晃先生が亡くなられました。
 私が金城高校に入学した時、晃先生は校長先生でした。3年生の「教育」の授業では、いろいろなお話をしてくださいました。「恋と愛の違いは?」今でも覚えています。
全校集会では、金城生としての理想と心構えをお話されていました。
私は整美委員や新聞委員で、加藤校長先生にお話しを聞きに行ったことも思い出されます。高校生だった私には、威厳がありながら身近に感じられる校長先生でした。
 私が金城高校に就職した時、晃先生は理事長先生でした。九州の修学旅行に同行される事もあり、豪快で朗らかな笑顔が懐かしいです。
未熟な養護教諭二種免許の私に一種免許を取るよう指導してくださり、専修免許まで取れたのも、晃先生の教えがあっての事です。そして理事長先生と母校に、教師として・人として育てて頂きました。
 その後、晃先生は学園長になられ、お会いする機会も少なくなりました。昨年6月、金城大学短期大学部美術学科准教授の本山二郎先生が、石川県立美術館での光風会展で作品解説をされるとお知らせを頂き伺いました。旧職員の先生方や本校の生徒数名と引率の先生も来ており、和やかな雰囲気のなか晃先生が車椅子で奥様と一緒にいらっしゃいました。皆さん晃先生にご挨拶し、私も少しお話しをしました。それが、晃先生とお会いした最後になってしまいました。
 後で秘書の笹川さんに、光風会展に行く事を晃先生が強く望まれたとお聞きしました。笹川さんと二人で晃先生の思い出をたくさん話しました。
 7月29日(月)ホテル日航金沢で、加藤晃前学園長「お別れ会」が行われます。
若輩な私が淋しく思うのですから、多くの同窓生の先輩方は沢山の思い出があると思います。「お別れ会」で、晃先生のお話を聞かせて頂けたら嬉しいです。

2023年2月 9日 (木)

【第769回】「お礼参り」寺山 いずみ (養護)

 「お礼参り」と言えば、願いが叶ったお礼として、神社や寺に参拝を行うこと、または、不良たちが、卒業後に学校や教師に嫌がらせをするや、やくざが刑期を終え、自分たちを告発した者に仕返しをする。などありますが、保健室にも、私が「お礼参り」と呼ぶ現象があります。
 1月も半ば過ぎ、3年生の学校生活も残りわずか。こんな時期になると「あら、元気だった?進路は決まったの?最近どう?」と、久しぶりの3年生が保健室に来ます。
「あの子、元気かな?」とか、「保健委員だった彼は、進路決まったかな?」と、思っていると不思議と顔を見せに来てくれるのです。
 今でも思い出される数年前の「お礼参り」があります。
 ちょっと大人っぽいJKで、1年か2年の時に保健室横のトイレ掃除の担当でした。(今は、コロナ感染対策のため、トイレ掃除は業者がしています)掃除の時間以外は顔を合わせることもなく、3年生になってからは、見かける程度でした。
 そんな彼女が、3学期の期末テストの時に保健室に来て、卒業後の話などをしていたのですが、私の机の周りを見て、「先生、黒板の書類ぐちゃぐちゃやね、ありえんし。トイレ掃除の時は、あんなに厳しかったのに・・・」と言い出しました。ごもっとも!と、苦笑いする私に、「先生、一緒に片付けてあげようか?」と。優しい言葉を続ける彼女。素敵な大人になったなぁ~と思い、「一緒に」がうれしくて、心が温かくなりました。
そして、今!モネちゃん、一緒に片付けて~と思いながら、成長しない自分を反省中です。
 今年も、「ああ~お礼参りだな~」と、思うことが2つ3つ。ありがとう。

2021年8月 5日 (木)

【第692回】 「医療と福祉で地域を支える人材へ ~きみに見せたい未来がある~」寺山 いずみ (養護)

 「新型コロナウイルスを克服して開催することに真の価値がある」と菅首相が語った東京五輪の最中、石川県の新型コロナの新規感染者は100人を超え、感染力の強いデルタ株の検査数は4割を占め、感染経路不明者数は過去最多となり、市中感染の広がりが心配な状況です。
 一方で高齢者世代のワクチン接種の効果もみられ、県は金沢市の産業展示館でのワクチン接種の態勢を拡充しました。
 ワクチン接種と言えば、金城学園では職域接種が6月21日から金城大学松任キャンパスで実施されました。私も7月半ばには、2回のワクチン接種を完了しました。
 接種スタッフの確保が課題とされる職域接種ですが、隣接する公立松任石川中央病院から医師を派遣してもらい、金城大学 前島 伸一郎 学長自ら、問診確認をされ、看護学科の先生方、看護師さんなど、素晴らしく、順調な手順で実施されました。流石、医療系の大学だと思いました。「金城大学の学生が病院や施設に実習に行くとき、できるだけ安心な状態で」との、前島学長のお話に、なるほど!と、感心しながら、ここまでの準備をして下さった大学の職員の方々に、感謝します。
 ワクチン接種だけでコロナウイルスは防げませんが、「医療と福祉で地域を支える」を実践して頂きました。遊学館高校の併設校である金城大学・短期大学を身近に感じられ、本校の生徒も、金城大学で学び医療・福祉のスペシャリストになれたら素敵だなと思いました。

2020年3月19日 (木)

【第620回】 「見守り隊。見守られ隊?」~お父ちゃん!生存確認~寺山 いずみ (養護)

 令和2年3月6日(金)、通勤する私の視野から、中学生・小学生が消えた。少し前に高校生も消えた。コロナウイルス感染対策のため、学校が臨時休校となったためです。お父ちゃんの生存確認が、出来ない・・・・。
 実家の父は、私の母校の犀桜小学校(旧 新竪町小学校)の小学生の登・下校時に「見守り隊」をしています。毎朝、鱗町交差点の地下道の傍に立っているので、私は通勤時に、車の窓を開けて手を振り、父の姿を確認するのが日課になっています。
 父は、20年以上「見守り隊」を続けています。父の活動を何気なく見てきましたが、最近、同級生に「お父さんには、子どもたちがお世話になったの」とか、実家の近所で「お父さん、お元気?息子は中学生になりました」とか、犀桜小学校出身の本校の生徒に「えっ!娘さん?お父さんによろしく!」とか言われて、父が毎日続けてきたことを、周囲の人から聞くことがあり、うれしく思っています。
 そんな父も89歳です。見守り隊?どっちが?いいや!見守られ隊?とも思います。が、今年度になって、父が「朝、遊学館の生徒が、お父さんに挨拶するんだよ!」と、嬉しそうに話をします。本校の男子卓球部の生徒が朝の見守り隊に加わりました。生徒たちも始めの頃はぎこちない様子でしたが、今は、見守り隊の方と話をしたり、小学生とタッチをしたり朝の和やかな様子が見られます。犀桜小学校から、「見守りをありがとう。」「元気なあいさつをありがとう。」と、素敵なお礼の言葉の寄せ書きが遊学館に届いていました。
 見守り隊のお年寄りと小学生の朝に、高校生が加わり、見守られ隊?の家族としては心強いかぎりです。ありがとうございます。朝、卓球部の生徒と共に、小学生と父を温かく見守って下さる、本校の先生方にも感謝です。
 4月!新学期には、コロナウイルスも終息し、元気に地域の日常が戻ってくることを心から祈ります。そして、朝、お父ちゃんの生存確認をし、男子卓球部の生徒たちの爽やかな姿を見ながら元気に登校したいと思います。

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2018年11月 1日 (木)

【第552回】 愛しのレベッカ寺山 いずみ (養護)

 今年5月に、Rebecca Lee(レベッカ リー)さんが、金沢に来ました。レベッカさんは、アメリカ人で、今から25年ほど前に、本校で英語を教えていました。ああ!と、思い出してくれる卒業生がいたら、うれしいです。
 勉強熱心なレベッカさんは、日本語が上手で、一緒に食事をしたり、旅行をしたり、良い友人でした。レベッカさんがアメリカに帰国した後も、3回会いに行きました。その時は、彼女の両親、姉妹、おばあ様に、お世話になりました。レベッカさんも、新婚旅行を兼ねて、素敵な韓国人の彼と金沢に来ました。当時、レベッカカップルと一緒のときは、韓国・アメリカ・日本の3か国!国際的!!!と、感じていました。
 そして、今回は、大きくなった息子アダム君と、20年ぶりの来日。私が彼女に会うのも15年ぶりぐらいです。
 不思議なことに、過ぎた年月も出来事も関係なく、当時に戻って、話し・笑い、過ごすことが出来て、とても楽しかったです。
 四半世紀たっても、国籍が違っても、今なお続くレベッカさんとの友情は、私が金城で得た宝物です。
 そして、最近の遊学館はもっと、すごい!英語のマーク先生はアメリカ、駅伝のジョス君はケニアから、野球部の張君は台湾、アメリカからの留学生のマックス君と、とても国際的です。また、フランス(ナンシー)のノートルダム・サン=シジスベール校と姉妹校になって2年。生徒同士の交流もそろそろ始まりそうです。
 この出会いが、何年後もみなさんの宝物になると素敵だなぁ~と、思います。
 11月4日で創立114年を迎える母校の歴史に、沢山の思い出が重なるこの頃です。

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2017年6月 8日 (木)

【第481回】 「お母さんは金城卒業生」寺山 いずみ (養護)

 以前、職員会議で副校長先生が、「本校の在校生の2割強は、お母さんや兄弟・姉妹、または、祖母などの家族が、本校の卒業生です。」と、話していました。その時は、「ふ~~ん。」と、思っただけでしたが、なるほど!と思ったのが、今年の卒業式でした。
 歌劇座の入り口で立っていると、「いずみちゃん!久しぶり~」と、高校の同級生のえみちゃんです。「もう、卒業なんやね~おめでとう!」と、私。
 卒業式後の歌劇座前では、「ほらほら、お母さん、保健室の先生よ」と、保健委員長だった、あやかさん。「保健室の先生!覚えているわ」と、お母さん。「先生、息子がお世話になりました」と、挨拶してくださるお母さん。見覚えのある顔です。「お母さん、卒業生ですよね」と、お聞きすると、「はい。保健委員の○○ちゃんと、何度か保健室にお邪魔しました」など、今までになく、金城卒業生のお母さんに声をかけて頂き、うれしくて、懐かしい時の流れを感じました。親子2代!いいですね~。
 あと、数年後には、遊学卒業生の『お父さん』からも、声がかかるでしょうか?楽しみです。
 そして、4月!新しくなった体育館がいっぱいになるほどの、多くの新入生を迎え、金城卒業生である私が、思うことは、本校の建学の精神である「良妻賢母」や、金城時代の校訓◎礼儀正しく質素であること◎勤勉で互いに努力すること◎素直で明朗であること◎清潔で優美であること は、時代錯誤のようにも思えますが、今も昔も変わらない常識や礼儀は、大切ではないか!いうことです。男女共学となって20年を超し活気のある遊学館高校ですが、女子教育を90年以上に渡って行って来たことに誇りを持って、その伝統に恥じない生徒の育成をしていきたいと、金城卒業生のお母さんに会って、より強く思いました。
 親子3代!金城・遊学館です。と、言われるように・・・・。

2016年1月 7日 (木)

【第407回】 同窓会と言う《タイムマシン》・・・・・寺山 いずみ (養護)

明けましておめでとうございます。今年は、暖かい冬ですね。
 昨年9月、吹奏楽部の定期演奏会の時、歌劇座の前を歩く私に「いずみちゃん~」と後ろから誰かが呼びました。い・ず・み・ちゃん???振り返ると「あら~えみちゃん・・・・」高校の同級生です。「やっと、会えたね。うちの息子今、遊学に通っているの。何時か会えるかな~と、思っていたのよー」と、高校時代にタイムスリップ!嬉しい再会をしました。
 同級生と言えば、一年半ほど前から数回、小学校の同窓会がありました。「生まれて半世紀!一度、みんなで会いませんか?」との誘いでした。私は5年生の時、小松から金沢に転校して来たので、新竪町小学校で過ごしたのは、1年半ぐらいでしたが、30年以上ぶりの同級生との再会!なんとも、不思議な感じでした。懐かしい顔・・・変わらない顔・・・変わった顔・・・知らない顔?知らない私???。
女子高・女子短大を出た私には、男の子の同級生も新鮮でした。みんな、いい感じのおじさんになっていて、紳士的で、女の子は、頼りがいのあるお母さん、自立した女性で、とても、居心地のいい時間でした。
記憶にない自分にも、会いました。「平野さんにお昼の放送でUFOを流してもらったのを覚えているわ~」とか「平野さん合唱コンクールで指揮して、みんな言うこと聞いてくれん・・・って、困っていたね」など、そんなことがあったような・・・・(汗;)
こんな事があったとか、誰がどうしているとか、先生に会ったとか、話が尽きません。ホント、30数年前にタイムスリップです。
 タイムスリップと言えば、本校の第一体育館は、昭和39年に出来ました。翌年、加藤二朗先生の校葬が真新しいこの体育館で行われたそうです。それから半世紀が過ぎ、第一体育館も、この3月の卒業式を最後に建て替えられることになりました。私も学生時代から、集会・体育の授業など思い出のある体育館ですが、この一年は、特に思い出深いものになりました。夏!野球部の甲子園出場の壮行式。その後の全校生徒での応援練習は遊学の一体化を感じ。冬!バトントワリング部の全国大会優勝報告会。華麗な演技をスクリーンで見て、この体育館の最後の年にすばらしいと・・・胸が熱くなりました。
 第一体育館は、入学式で沢山の生徒を迎え、卒業式で沢山の生徒を送り、部活動で沢山の部員達が汗を流しました。みなさんが未来で過去にタイムスリップした時、この体育館での思い出を、語ってくれたらうれしいなと思います。
 新しい一年も、みなさんの未来も素敵に過ごせますように。

2014年8月14日 (木)

【第340回】 夏の修行!永平寺に行きました。寺山 いずみ (養護)

7月末に、永平寺に行って来ました。一泊二日の参籠(さんろう)です。永平寺に宿泊し、禅寺の修行生活に触れることにより、各々の信仰を深めることを目的としたものです。姉に誘われて、甥っ子と三人で行きました。
 永平寺は今から約770年前に、道元禅師によって開かれた座禅修行の道場です。厳しそうなイメージがあり、はじめは緊張しましたが、終わってみれば、何とも、すがすがしい体験でした。
 一日目16時までに上山(到着)し、説明を聴き、入浴。17時30分に薬石(夕食)。参籠研修では、食事は大切な修行で、偈文を唱え、食事に感謝しわが身の行いを反省していただきます。おいしい精進料理です。しかし、私語は厳禁!必ず器を持って食べるなど、高級レストランでも、こんなに緊張はしないでしょう、と思いました。この食事で、私が一番印象に残ったのが、「私はこの食事をいただくに値する人間か?」という教えでした。ご飯を食べる時に、考えたこともないことでした。皆さんはどうですか?
 18時50分から座禅・法話・映画です。初めての座禅です。20分ほどですが、自分の煩悩の多さにあきれながら、鈴虫の鳴き声に聞き入りました。法話は、良いお話でした。なるほどと思った教えは「霧の中を歩けば、覚えざるまに、衣しみる。良き人にちかづけば、覚えざるまに、良き人になりけり」意味はそのままなのですが、霧の中を歩いていれば、知らず知らずに着ているものが湿る。それと同じに、良い人の側にいれば、知らず知らずに良い人になっている。と言うことです。良き人を良き環境と置き換えることも出来ます。家庭・学校・職場、私は良い環境に居るだろうか?また、良き人となっているだろうか?答えは、見つかりません。21時開枕(消灯)早いけど、床につきました。
 二日目4時30分起床(この日は、休日?で、一時間遅い起床でした)5時朝課。法堂で朝の読経が始まり、見学をします。修行僧の一糸乱れぬ動きと読経は圧巻です。その後、諸堂の案内。歴史のある建物は、見応えがあり、案内するお坊さんは、さわやかなイケ面でした。7時小食(朝食)やはり、修行でした。その後下山(出発)。
 いろいろ、思うことのあった永平寺でしたが、毎日の暑さを理由に怠惰に過ごしてしまう私です。良き人を探して、良い夏休みにしたいと思います。暑い日が続きますが、みなさんも、元気に良き人になって下さい。

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2013年5月 2日 (木)

【第277回】 巴里の日本人寺山 いずみ (養護)

 少し前の話になりますが、年末から新年にかけて、パリに行って来ました。今回の旅行の目的は二つ。

 一つは、オランジェリー美術館に、きものを着てモネの図柄の西陣の帯を締めて行き、モネの睡蓮の前で写真を撮ること。なのに・・・残念ことにオランジェリー美術館は写真撮影禁止(4年前は写真が撮れたのに・・・)になっていて、達成することは出来ませんでした。でも、美術館で一緒になった外人のカップルが、帯をとても褒めてくれました。睡蓮の絵画と西陣織の睡蓮を堪能してくれたようでした。

 二つ目の目的は、きものを着てオペラ座に行くことです。パリにはオペラ座が二つあります。言わずと知られたガルニエと新オペラ座とも言われるオペラ バスティーユです。それぞれ2回、計4回通いました。バレエ・オペラは素晴らしく、とても楽しみました。

 さて、きものの効果は??? 絶大でした。バスティーユではクリスマスツリーの前で、写真を取られたり、家族写真の中に入ったり。また、「ジャパン・レディー」と、囁かれたりしました。
 ガルニエでは、売店で「ありがとう」と日本語で挨拶され、休憩のときには、素敵なマダムが近づいて来て「あなたは美しいです」と2回繰り返し去っていきました。一番の出来事は、『シンデレラ』のオペラの時です。舞台横の小部屋のような9席を仕切った3列の一番後ろの席で、舞台が半分しか見えません。残念に思っていたら、一つ前の席のムッシュが、「マダム、この席にどうぞ。私はいつでも来られますから」(フランス語も英語も分からないので、推測ですが)と、席を代わってくれました。まぁ~うれしい。舞台が見えます。確かに・・・チケット代もほぼ3倍ですから。「メルシィー」を連発する私でした。一張羅を着て挑んだ甲斐がありました。
 オペラ座の建物はすばらしく、舞台も最高で、敬意を示した和装で行って良かったです。パリの人々も敬意を持って受け入れてくれるのだと、実感しました。

 オペラ座以外でも、きもの効果は絶大です。ガルニエ近くのブランドショップでは、「何か、お手伝いしましょうか?」「着物で来店した方は初めてで、うれしいです。」と、悠長な日本語でフランスの店員さんが声をかけてくれます。高級食品店でお買い物も、○○さん~と日本人の店員さんを呼んでくれます。地下鉄の駅では、ナイスガイが「いいねぇ~」とジェスチャーしてくれます。街や地下鉄で注目されながら、おもしろかったことは、みんな、目線が頭から順に下を見ていくのですが、足元のお草履で、ピタッと止まることです。「この人、なんでこんなビーチサンダルなの?」と。思っているに違いありません。着物は知っているけど・・・草履は?

 日本の民族衣装で日本人を主張しながらの旅行もいいものです。なぜなら、洋服で歩いていると、「アニョンハセヨ」とか「ニ―ハオ」って声をかけられます。東洋人は、みんな一緒のようです。

 最終日、モンマルトルを散策する私の前方から日本のカップルが・・・・女性は着物です。「なんで?モンマルトルで、き・も・の???」と思う私・・・「そうか~元旦です・・・。やられた!」と思った私でした。日本のお正月!きものですよね。

2012年1月12日 (木)

【第215回】 「心新たに、お習いことを・・・・」寺山 いずみ (養護)

 明けまして おめでとうございます 2012年初のコラム・・・緊張します。

 お正月は、きもの・書きぞめ・正月花と日本の美が感じられ、私にとって、楽しい時期です。成人式の振り袖も、華やかでしたね。

 新しい年を迎え、今年も自分磨きに頑張ろうと思い、私の習いごとについて、書きたいと思います。

 私は習字・お花・着付け・バレエを習っています。今まで、いろいろチャレンジしましたが、バレエ以外は、結局、日本の伝統に帰ってきます。

 最初に始めたのは、習字でした。私は、字を書くことが苦手で、これでは、いけない!と思い、就職して間もなく習い始めました。20年を超えるキャリア?です。しかし「字は体を表す」と言われますように、やんちゃ!で、なかなかうまくなりません。習い始めの頃は、筆も持てず、書けるのか?と不安でした。そんな私に先生は「あなたは、線がいいわね。線は人が持って生まれた天性ものだから、うらやましいわっ!」と、上手に褒めてくださり、現在に至ります。

 続けていると、ある日突然、気づくことがあります。それまで、何度も先生に注意されていても出来なかったのに・・・「あっ!筆ってこうやって立てるんだー」とか、「この字の線の向きはこっちなんだー」とか。

 先生のお手本を真似ても、決して同じにはなりません。他の人たちも、みんな違う字です。隠しても、隠しきれず出てくるのが、「個性」なのだと、感じました。

 そして、いかに、この個性を隠し、コントロールできるか!が、課題です。つまり、大げさですが、自分との戦いです。習字を書きながら、日常の生活も一緒だな~と、思います。自分の感情をどのように、コントロールするか?いつまで、たっても、「出来た!」と思えないから、今も続けています。今年は、きれいな「かな」の線が書けるようになりたいです。かなは、日本の文字ですから。

 今、一番はまっているのは、着付けです。自分で着られればいいなぁ~と、軽い気持ちで始めたのですが、6年たちました。その間に、章道流の講師となり、後は、師範代のみです。お振袖の着付けもするようになりました。

 きものの世界も深く、きもののTPOや染織の産地、制作工程、色柄や帯の織り方、半衿や伊達えりの付け方まで、幅広く知識が必要です。

 今や、きものは日本の文化、民族衣装と言われますが、ほんの100年ぐらい前は、普段着だったのに・・・、日本人は、どこから文化を捨てたのでしょうか?世界で、自分の国の民族衣装を着るのにお金を出す人は、いるのでしょうか?自分できものが着られると、とても楽しく、心豊かになります。日本人でよかったなぁ~と、感じます。

 母から子、子から孫へと伝えられるはずの文化。金城から遊学館へと続いて行く歴史のようです。微力ながら私も、伝えて行きたいと日々思っています。

 長く続けられる、趣味はいいものです。たくさんの出会いがあり、仲間も出来ます。人生の素晴らしい先輩にも会えます。今年、あなたも何か始めてみませんか?