渡辺 祐徳 (英語)

2017年12月 7日 (木)

【第507回】 クラシック音楽のすすめ

「おはよう!」
朝の校門で,生徒たちに声をかける。
今は期末テスト期間中ということで,いつになく緊張した表情の生徒が多いように思う。

ところで,みんなはテスト勉強の合間はどうやって息抜きをしているのだろう。

今の時代はスマホでSNSやブログの閲覧などが多いだろうか。
好きな歌を聴いたりマンガを読んだりという人もたくさんいるだろう。

私も中高生のころから,邦楽や洋楽が好きで,よく聴いていた。
またクラシック音楽やジャズも大好きで,ネットがない時代は,FMラジオを録音したり,お小遣いをためてLPレコードを買っていた。

クラシックと聞くと,古臭くて堅苦しくて,とっつきにくいものと思うかもしれない。
しかし,その時代のヒット曲であり,エンターテインメントなのだから,本来は楽しんで聴けるものだ。
誰にでもどこかで聴いたメロディーが心に残っているということがあるのではないだろうか。

前置きが長くなったが,ポピュラーなものをいくつか紹介するので,気楽に聴いてみてほしい。

★交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』(リヒャルト・シュトラウス作曲)
1960年代に「2001年宇宙の旅」という映画に使用されてから,いろいろなところで耳にされて来た。
全体で30分を超える曲だが,冒頭約2分間の「序奏」が特に有名。
長い暗闇を思わせる,地響きのような重低音から曲がスタートする。
その中から太陽が登るように,トランペットが奏でるテーマが現れる。
次第にその音色は明るく高らかに響き,エネルギーが頂点に達する。
最後は力強い重低音で締めくくられる。

★組曲『惑星』(ホルスト作曲)
「火星」「金星」「水星」「木星」「土星」「天王星」「海王星」を表す,7つの楽章から成っている。
映画「スターウォーズ」のテーマは,この曲の影響を強く受けていると言われている。
まるで宇宙にいるような雰囲気を持ち,クラシックにもこんなに現代的な物があるのかと驚くだろう。
特にポピュラーなのは「木星」で,平原綾香の「ジュピター」のモチーフになっている。
個人的には,ダイナミックな「火星」が,ストレス発散にちょうどいいのでおすすめである。

★バレエ組曲『くるみ割り人形』(チャイコフスキー作曲)
「白鳥の湖」「眠れる森の美女」と並ぶ,チャイコフスキーの三大バレエ音楽のひとつ。
欧米ではクリスマスになると,コンサートや舞台公演が開かれる。
「小序曲」「行進曲」「金平糖の踊り」「ロシアの踊り」「アラビアの踊り」「中国の踊り」「葦笛の踊り」「花のワルツ」を抜粋した組曲版がおすすめ。
ディズニー映画「ファンタジア」でも取り上げられ,かわいい妖精たちが踊る場面を見た人も多いだろう。
非常に親しみやすい曲なので,リラックスして聴くといい。

★大序曲『1812』年(チャイコフスキー作曲)
これもチャイコフスキーの作品だが,フランス軍に自国ロシア軍が勝利する様子を描写した曲だ。
バレエ音楽とはまったくカラーが異なる。
なにしろ,100人を超える大編成オーケストラに加え,ファンファーレ隊が競い合うように鳴り響く。
そして圧巻は,軍隊用の大砲や教会の鐘が加わり,耳をつんざくような盛り上がりを見せるフィナーレだ。
指揮者の指示によって,合唱隊も加わることがある。
小銃を乱射し,馬車の鈴や鐘を打ち鳴らした演奏もある。
もうこれは現代のヘビメタどころではない。
チャイコフスキーはもしかしてアブナイ作曲家だったのか?

以上,他にもおもしろい曲,ぜひ聴いてほしい曲はたくさんあるが,ほんの一部を挙げてみた。

2016年7月28日 (木)

【第436回】 遊学館の特進コース

遊学館の教員として教壇に立ってから,そのすべての期間を特進コースの生徒たちと過ごしてきた。
今年も私は特進コース3年生の担任である。
クラス全員が国公立大学や有名私大など,それぞれの進学目標に向けて,毎日励んでいる。

しかし時々思うことがある。遊学館の特進コースについて,どれだけ知られているのだろうか。
コマーシャル等では,当校の取り組みを伝えきれていないのではないだろうか。

たくさんの中学生の皆さんが,特進コースで学ぶことを目標に,当校を選んでいただきたい。
そう願いながら今回のブログでは,遊学館の特進の様子をお伝えしようと思う。

特進コースは,各学年1クラスのみの,いわゆる「少数精鋭」の学級だ。
人数が少ないために,外からはあまり目立たないのかもしれない。
最初から1クラスに限定しているわけではないので,
高い進学希望の生徒が増えれば,何クラスできてもかまわないと思う。

特進の1日は,朝学習から始まる。
月曜から金曜まで,英語または数学の課題に取り組んでいる。
私は英語担当だが,プリントと音声素材を用意し,速読とリスニングの練習を行っている。
朝の10分間という短い時間だが,毎日続けることで確実に効果が現れている。
英語が苦手な生徒が多かったが,6月の全国模試では,平均の成績が数学にほぼ並んだ。
英検2級や準2級に合格する生徒も増えた。

月,火,木,金の4日間は,7限まで授業がある。
3年生だから,言うまでもなくすべての授業が大学入試に対応したものだ。
生徒は,授業の徹底理解のため,予習をして授業に臨み,集中して授業を受け,
その日のうちに復習をすることを心がけている。

野球やサッカー,剣道,バレーボール,吹奏楽といった部活動をしている生徒もいる。
全国や県レベルの優勝と,志望校合格の両方を果たそうと,頑張っている。

強い意志と,継続力,そして計画性や時間の管理が必要だ。
しかし,やり遂げることが自分の目標に近づくことなのだ。

クラスメートががんばれるよう,声をかけている場面を時々見る。
担任の私や,教科の先生方も応援している。
クラスメートたちは仲がよく,教室の雰囲気は和やかだ。
体育祭などの学校行事ではみんな楽しそうだ。

授業が終われば,次は補習の時間だ。
生徒は学習に関しては気が抜けない。

特進は部活動に例えてみれば,勉強部であると言える
朝学習から補習終了までずっと活動が続く。
その後の自主学習は,自主練と言える。

担任である私は,勉強部の監督かな?
彼らの進路志望や成績の分析,授業やプリントの準備,補習の計画,添削,
学習手帳のチェックなど,ほとんどおしゃべりしたり,休んでいる暇はない。

彼らが進路目標を実現して,目を輝かせて卒業できるように。
そして自分が達成したことが,その後の人生において大きな自信となるように。
毎日そう願いながら,彼らの背中を押しているつもりである。

時の経つのは本当に早いもので,私は企業や他校での勤務を経て遊学館に来たせいもあり,
いつの間にかもう定年後の生き方を考える歳になった。
だが,退職するまでのんびりと過ごしたり,特進の取り組みを緩めるつもりはない。
まだまだ老けるには早い!(笑)

以前勤務していた学校では,2年連続して東大合格者を輩出することができた。
おそらく県内私立高校では,初の快挙だったのではないだろうか。

遊学館特進においても,それに負けないほどの成果を挙げたいと思っている。
もちろん,学校のため,自分のためというより,
生徒一人ひとりの夢を応援する過程において得られる結果だ。

今年はかつて担任をしていた生徒が3人,教育実習生として訪れ,
母校の後輩たちを前に,ぎこちないながらも,努力している姿を見せてくれた。

数年後には,今のクラスの生徒たちの成長ぶりを見るのが楽しみである。

2015年3月19日 (木)

【第370回】 娘たちへ~パパのひとりごと

    平成4年の冬,出産を控えた妻を乗せて病院へと急いだ。
立ち会おうか迷う間もなく分娩室に通され,我が家の歴史的瞬間の目撃者となっ た。
生まれた子はやや細身であったが,頭の形や髪の生え際など,まぎれもなく自分 の娘だった。
腹を痛めた妻ほどすぐには実感がわかなかったのは,男である以上仕方のないこ とだろうか。
わが子を抱き,母乳を与える妻に惨敗である。
新生児室の外から寝顔を見つめながら,この子と家族を守らなければならないと いう,責任感というか,父親になったことの重さを知った。

    この日から,家の中では「パパ」と呼ばれるようになった。妻は「ママ」である。
なんだか背中がむず痒く感じた。 我が家で「お父さん」は,おじいちゃんになった父であり,「お母さん」は母 だ。

    次の朝が早い時も,夜泣きがやまなければ,ずっと抱っこをして寝かしつけた。
そのまま朝をむかえることもあった。
なぜ泣くのだろう。どうしてほしいのだろう。パパの弱音も聞いてくれヨ。
言葉を理解できるようになるのが待ち遠しかった。

    そのあと次女も生まれ,ゆっくりと休める日はまたお預けになった。
だが不思議なことに,へとへとに疲れながらも,そんな毎日が嫌ではなかった。
日々違った表情を見せる二人の成長に,家族は喜び,時には泣いた。

    今年長女は無事に就職が決まり,大学の卒業式を終えた。
春から念願のホテル勤務が始まる。
何度も就活セミナーに通って努力した甲斐があった。

    次女は,このブログを書いている今日現在,大学入試の発表待ちだ。
穏やかな表情の中に,行き先がまだ決まらない不安と,ひととおりの戦いを終え た解放感がうかがえる。
今朝も朝食には,得意の玉子焼きを作ってくれた。

娘たちへ~パパのひとりごと…
パパはお前たちがかわいいから,特に小さかったころは鬼のように厳しくした。
ママとも約束をしていたんだ。
「ワシは雷オヤジになるから,お前はやさしく話を聞いてやってほしい。」
それがパパの教育方針というか,パパ流のやさしさだよ。

パパに似ず,やさしく素直に育ってくれてありがとう。
雷のようなオヤジを続けようと思っていたが,あまり必要がなくなってしまった じゃないか(笑)。
本当にありがとう。

今までよく頑張ったな。
これからまた新しい生活が始まるが,変わらずに頑張ってくれよ。
いろんな困難にもあたるだろうが,そんなもの,あるのが当然だ。
時にはパパたちに相談してくれ。ちょっとはヒントが見つかるかもしれないよ。

これだけは忘れないでほしい。
パパは家族には決して不自由な思いだけはさせないようにしてきたつもりだ。
だから,やむを得ず職場が変わった時でも,収入は一度も途切れさせたことはな い。
その他の面でも,ママといっしょにお前たちを守ってきたつもりだ。

これまで贅沢なことはあまりしてやっていないが,パパたちは決してケチなん じゃないんだよ。
白状するが,実はお金はたくさんあるんだよ(笑)。
お前たちが大学を卒業するまで,一円の借金もしなくてもいいように,ママと相 談して貯金をしてきたんだから。
だが,お金の大切さやありがたみは忘れないでいてくれよ。

お前たちの花嫁姿や子どもの顔を見るまでパパは元気でいるから,あんまり待た せないでくれよ。
実は,孫と遊ぶのを楽しみにしている(笑)。
英語だって教えてやろう!

以上,自分勝手なパパのひとりごとでした。
終わり!

2013年10月31日 (木)

【第304回】 【映画&歌で英語】E.T.の残した5つの言葉

「先生は映画の字幕がなくても分かるの?」
「先生は英語の歌の歌詞が分かるの?」
生徒からよく聞かれる質問である。

 教科書に書いてあることはとっつきにくいが,英語の映画や歌がそのまま理解できるようになりたいと思う生徒は多いようだ。私自身もそうだったが,字幕や歌詞カードを見なくても少しずつ分かるものが増えてくると,英語が面白くなった。ついでに学校の成績も上がった。挙句の果てにはいつの間にか,英語を教える仕事に就いている。

 生徒が将来英語を一生の仕事として選ぶとは限らないし,むしろそれはごく少数派に違いない。しかし私の場合,英語が好きになれたことがきっかけとなって,自分の進むべき道を決めることになった。そうして今度は自分の生徒たちと顔を合わせながら,教科書を読ませ,英単語テスト等で追い立てながら,なんとか英語の楽しさ,面白さを伝えたいと密かに思っているのだ。できれば自分の授業が,生徒がそれぞれの将来について考えるきっかけの一つになれば嬉しいと思っている。

 今の高校生たちにも,自分の好きなものを選んで,楽しみながら英語に慣れ親しんでほしい。たとえば映画などはもってこいの教材である。字幕を出したり隠したりできるDVDなどがある時代である。それを利用しない手はない。映画と言っても数えきれないほどあるが,今回は1つだけ紹介しようと思う。

◆『E.T.』(イーティー、E.T. The Extra-Terrestrial)◆

 古い映画で申し訳ないが,「面白くてわかりやすい」ということを優先すると,真っ先に思い浮かぶのがこれだ。

 E.T.は遠い星からやってきた宇宙人だ。地球上の植物採取をしているうちに人間に見つかり,大慌てで宇宙船まで逃げ走る。ところが目の前まで来た時に,宇宙船は飛び去ってしまう。この作品は,一人地球に残された彼が,エリオット少年や兄妹らとの友情を育みながら故郷へ帰るまでを描いている。

 映画の画像を勝手に載せると著作権侵害になるので,webリンクを張っておく。映画の詳細についてはそちらを見てほしい。
・E.T. - allcinema <http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=1709>
・E.T. - KINENOTE <http://www.kinenote.com/main/public/cinema/detail.aspx?cinema_id=675>
・20周年アニバーサリー特別版公式ホームページ (英語)  <http://www.universalstudiosentertainment.com/et-the-extra-terrestrial/>

 ちなみにE.T.とはエリオットが,かわいらしくもありグロテスクな宇宙人につけた名前だ。本来はExtra(外)-Terrestrial(地球)の略で,単純に「宇宙人」を意味する語だ。

 主人公のE.T.は宇宙人であり,当然英語が話せない。エリオットらとコミュニケーションをとるうちに,徐々に人間の言葉を覚えていくが,それでも最終的に話せる言葉は5つほどなのだ。この映画の英語がわかりやすい理由はここにある。

1. "Ouch" 「痛い」
 E.T.は故郷の星と通信をしようとして,エリオットの家のガレージにあるものをかき集める。"Ouch"は,その中にあったノコギリの刃でエリオットが指にケガを負った際に発した言葉だ。E.T.はそれをまねて"Ouch"と言いながら,不思議な力でエリオットの傷口を治してしまう。

2. "E.T. phone home." 「E.T.ウチにデンワする」
 エリオットは家のキッチンで,E.T.に「ここがボクの家(home)だ」と教える。E.T.はあちこちを歩きまわり,置いてあるものに興味を示し,やたらと触りまくった。その中で特にE.T.の目を引いたのが電話機だった。これがあれば故郷の星と連絡が取れると考えたのだ。エリオットが"phone"という言葉を教えるとE.T.は,"E.T. phone home"と言って,故郷からの迎えを呼びたい気持ちをとエリオットに伝えた。

3. "Be good." 「いい子でね」
 E.T.は家中を歩きまわって,エリオットの手に負えない。このままでは家族に見つかって,大騒ぎになってしまう。そう思いながら必死のエリオットは,E.T.に「おとなしくいい子にしていて」と言うのが精一杯だった。

4. I'll be right here. 「すぐに戻るからね」
 この表現は「ターミネーター」で有名になった"I'll be back."「また来る」と意味はほぼ同じだ。ここでは,エリオットが「すぐに戻るからね。待ってるんだよ」とE.T.をなだめようとしている。エリオットがE.T.に手を焼いている間に,お母さんが帰ってきてしまったのだ。  この表現は直訳すると,「私はまさにそこにいるでしょう」ということになるが,場合によっては「ボクはずっとここにいるからね」という意味で使うこともできる。

5. "Come." 「おいで」
 街はハロウィーンの仮装をする人々で賑わっていた。エリオットたちはE.T.に衣装を着せ,外に連れ出した。今日こそE.T.の故郷と交信をしよう。「おいで。」エリオットはE.T.を連れて山の方へと向かった。そこには怖い野生のコヨーテが住んでいるのだが…

◆そして感動のエンディング◆
 ここまでかなりネタバレ的に説明をしてきたが,エンディング,つまりE.T.との別れの場面を,せひ字幕なしで観てほしい。E.T.が地球で覚えた言葉を,実に絶妙なタイミングで使うのだ。きっと内容がほぼわかると思う。そして少しでも感動できたり,字幕や吹き替えなしの英語のままで映画が観れたことを喜んでもらえたら,私もとても嬉しいと思う。

2012年7月26日 (木)

【第240回】 新教育課程に向けて

 来年度から新教育課程が始まる。高校1年生の英語のうち,従来の「英語Ⅰ」が「コミュニケーション英語Ⅰ」,「ライティング」が「英語表現Ⅰ」という科目に変わり,教科書も新しいものに変わる。

 わが校でも英語科の教員がチームを組み,新課程における授業方法を研究し,教科書の選定にあたった。数ある教科書の中からわが校に最適の一冊を選ぶことは,来年度からの授業の内容を左右する重要な作業であるため,一つの方針を立てた。それは,「中学校の復習をしっかりすることができ,必要な文法をきちんと学べるものを選ぼう」というものだった。

 科目名にわざわざ「コミュニケーション」という言葉をつけ,新学習指導要領の最後のページに「授業は英語で行うことを基本とする」と書き加えた文科省の意向(注)に反すると思われるかもしれないが,これには理由がある。

 入学してくる1年生の,英語に対する苦手意識が年々強くなっている。特に文法の知識が不足しているために,教科書の文を読み理解することが困難な生徒が増えている。私が担当する特進コースの生徒でさえ,最初の授業で「英語は好きか?得意か?」といった問いかけには,ほぼ全員が首を横に振る。「英語Ⅰ」の教科書の最初の数レッスンは,中学校で習ったことの復習が中心となっているが,丁寧に確実に進める必要性を感じる。

 金沢市は英語教育特区に認定され,平成16年より小学校から英語教育を行なっている。その小学校英語を受けた最初の生徒たちが高校に入学する平成20年,私たちは期待に胸が躍っていた。英語が得意,もしくは好きな生徒がたくさん来るだろう。興味のわく楽しい授業をして,ますます英語を好きにしてやろう。ところが実情は,前述の通りである。

 近年の英語教育の考え方に「文法排除」「和訳排除」というものがある。文法的な説明は行わない,もしくは最低限に抑えて,英語の表現をパターン練習をたくさんしようというものだ。また英文の意味は日本語に訳すのではなくて,英語のまま理解させようとする。英語教育の理想のように聞こえるかもしれないが,これを成功させるためには,多くの時間をかけて何度も繰り返し練習しなくてはならない。おそらく今の中学校の英語の授業は,多かれ少なかれ,この日本語排除の考え方に則っているのではないだろうか。

 日本の英語教育が,和訳・文法・作文ばかりを重視し,音声を伴ったコミュニケーションを疎かにしてきたのは事実だが,学校の授業の時間だけでは会話ができるようにならないのもまた事実である。高校の数学や国語の授業には,基本的な計算や読み書きを中心として,高校生としての教養と,大学受験や就職試験においても進路を開く学力を身につけさせるという役割がある。もちろん,英語も同じである。生徒たちの進路希望を叶えるためには,会話の練習をしている余裕はあまりないというのが素直なところである。

 「中学校の復習をしっかりすることができ,必要な文法をきちんと学べるものを選ぼう」という方針のもと,私たちが選んだ教科書が,たまたま他校での採用も多く,シェア1位になる勢いだそうだ。やはり同じ問題を他校の先生方も感じておられるということだろうか。

 新課程になっても,全力で授業に臨むつもりである。

(注) 文部科学省は2009年,当初の意向をトーンダウンさせた。「(前略)言語活動を行うことが授業の中心となっていれば,文法の説明などは日本語を交えて行うことも考えられる。(中略)授業のすべてを必ず英語で行わなければならないということを意味するものではない。英語による言語活動を行うことが授業の中心となっていれば , 必要に応じて , 日本語を交えて授業を行うことも考えられるものである」

2010年9月29日 (水)

【第152回】母のいるうちに

 母は今、病魔と闘っている。
医者から2か月の余命宣告を受けたのは今月の初めのことだ。
ガンが肝臓や肺から転移して、ターミナルケアの段階に入ってしまった。
もうまともに食事ができなくなってからずいぶんになる。
体力のない母に施すことのできる治療法にも限りがある。

 物心ついたときには、母はいなかった。
同じ屋根の下で暮らしたことがないから、息子らしいことはほとんどできていない。
残された少ない時間で、母のために何ができるだろうと考えるようになった。

 肩をたたいてやりたい。もっと話をしたい。いっしょに旅行もしたい。
「おかあさん」と呼ぶ声を、何度も何度も聞かせたい。 

 どうして一番必要なときに自分には母親がいなかったのか、そんな境遇を恨んだことがなかったといえば嘘になる。社会人になってから自由に行き来するようになり、ようやく私も、これが母が一生懸命に生きた足跡なのだと理解できる歳になった。

 会いにいくと必ず「元気?」「みんな仲良くしとる?」と言ってくれる。
50になろうとしている私が一瞬、小さな子どもに戻る。
母はいつも人のことばかり気遣っている。一番辛いのは自分なのに。

 孫や可愛がっていた犬の話をすると笑顔になる。
普段はできない食事も、私がいれば食べられるという。

 ずっといっしょにいたい。長生きしてもらいたい。孫の晴れ姿を見せたい。奇跡よ起これ。

 豪快で強がりで、寂しがり屋で泣き虫で、優しかった母が今、ひとりで行こうとしている。

 「何もしてやれなかったね」「お前にすべて押し付けた」と悲しそうに言う母の言葉が胸に食い込む。
 そんなことはないよ。今あるのはお母さんのおかげです。

 せめて最後は、少しでも多くの時間をいっしょに過ごしたい。

2009年12月 2日 (水)

【第111回】日本の英語教育について

◆世界に誇れる日本の教育システム◆
 大それたテーマを掲げてみた。
詰め込み主義といわれた時代から「ゆとり教育」へ、そしてそこからの転換…。国の方針が変わるたびに学校の現場がその対応に追われてきた。かつては世界でトップレベルを誇った日本の子どもたちの学力は、各国からの注目を浴び、日本の教育制度を多くの国や海外の教育団体等が参考にしていた。

数多くの議論はあるが、文科省の指導要領の下、各学年において学習すべき内容とレベルが体系的に整備された日本のようなシステムは、欧米諸国においては、ドイツ、ノルウェー、カナダに見られるが、アメリカでは州によって対応が異なっている。教科書会社によってその内容は様々で、どの教科書を使用しているかでその学校のレベルが分かるため、教科書で学校を選ぶ人もいるほどだ。

◆迷える日本の教育◆
 皮肉なのは、世界に誇るべき教育制度と教育のレベルを持ちながら、一方で日本は常に外国の真似をしようとしてきたことだ。やはり外国に対してコンプレックスがあるのだろうか。「ゆとり教育の失敗」と「学力低下」は現場では予期できたことであるが、行きすぎた外国模倣の結果と言えないだろうか。もちろん学力が高かった時代の制度が絶対的だと言うつもりはないが、海外の方式を参考にしつつ、日本独自の改良を重ね、もっと世界の模範となるようなシステムを作り上げるべきではないだろうか。

◆「英語で授業」の必要性◆
 話を本題の英語教育に移そう。
新学習指導要領が文科省から示され、高校英語においては標準語彙が500増え1,800語になるなど、「脱ゆとり教育」が明確に打ち出された。特に目をひいたのは、「英語で授業を行うことを基本とする」という方針だ。つまり、学校の授業を「オール・イングリッシュ」にしようというものだ。

 実施に向けては、多くの問題点が指摘されている。
「授業そのものを英語で行うことによって、生徒の理解は大丈夫か?」
「生徒の負担はますます増えるのではないだろうか?」
「学校での受験指導が遅れ、ますます補習や塾通いが増えるのではないだろうか?」
 そして何よりも、日本語の使用を意図的に避けて、「オール・イングリッシュ」にする必要性はあるかという大きな疑問を拭えない。

◆なぜ英語が使えるようにならないのか◆
 日本の英語教育の欠点として、「中高と6年も英語を勉強しても、まったく英語でコミュニケーションができるようにはならない」と言われてきた。この原因は何であろうか?

 外国語の習得には、1年間で1,000時間から2,000時間が必要であると言われているが、英語を本気でマスターしようとした経験のある人ならば、長期間にわたって継続的に英語に触れなければ難しいことを身をもって体験している。まず学校の授業だけでは、一人あたりにこれだけの時間は確保できないことも当然理解できるはずである。

 それに加えて、もともと日本人は言葉によるコミュニケーションが苦手な国民である。
学校の授業も先生の説明を聞くのが基本で、若い年齢から積極的に発言や発表をさせる欧米のやり方とはまったく違っている。日本語でできないことを英語でやるのは無理なことだ。文科省は、まず英語の授業内容をあれこれ変更する前に、小学生段階からディベートやプレゼンテーションの能力を育てる教育を検討すべきだ。

◆海外の状況◆
 しかし、これは日本だけの問題ではない。
私は個人的に世界の多くの国の人たちと毎日インターネットでやりとりをしているが、英語がほとんど分からない人が多い。フランス、イタリア、スペインなど、ヨーロッパの人たちでも、日常的に英語に触れる環境にない人たちは、ほとんどの人が英語がお世辞にも上手と言えない。

 フィリピンやシンガポールなど、他民族国家であるために国の治安上、英語を公用語としている国の人たちには当然英語が上手な人が多い。しかし私の経験上、そういう国の人でも、英語は聞いて理解はするが、流暢に話したり書いたりできる人の割合がどれだけ高いかは疑問である。はっきり言って、下手な人と会う確率の方が圧倒的に高いのだ。

 私が感じる限りでは、どうやら英語が苦手な国民は、日本人だけではないようだ。言語体系がまったく違い、英語にまったく触れなくとも生活に支障のない日本において、学校の授業だけで高校卒業までに英語のコミュニケーション能力を身につけさせようとするのは、限界があると言わざるをえない。

◆増える生徒の負担◆
 「オール・イングリッシュ」に力を入れることで、生徒の負担がますます増えることが懸念される。センター試験はますます長文化し、80分間で4,000語を読まなければならない。独立したリスニング問題が50点分あり、筆記とリスニングを合わせて、英語だけが250点満点と他教科に比べ、分量が多くなっている。

 加えて、国公立大学の二次試験においては、英作文問題では単純な和文英訳問題が減り、コミュニケーションを重視した内容に変わってきているが、それ以外は今だに和訳と日本語で内容について説明させる問題がほとんどである。もっとも曲がりなりにも大学入試の問題である以上、安易に会話力ばかりを問う問題にする必要はない。

 現に世界中で実施されているTOEFLやTOEICのような試験では、もちろん日本語は一切書かれていないが、読解力や文法力、語彙力を高いレベルで試す内容となっている。また大学では、英語で書かれた海外の文献を日本語のレポートや論文にまとめる作業も、大切な研究の一部だ。だからこそ和訳や説明問題が多いのだ。高校の英語の授業を英語だけで行い、和訳の練習をしないと言うことになれば、当然入試対策は授業以外で行わなければならず、相当な負担増になるに違いない。大学が求めている英語の技能と、高校の授業内容が乖離するような状況はぜひとも避けたいものである。

◆見失われている英語の授業の役割◆
 それにしても、英語の授業に対して、なぜここまでに多くのことが学校で要求されるのだろうか。他教科の先生には申し訳ないが、たとえば音楽を例に取ると、小学校から高校まで音楽の授業を受けても楽譜を読めるようには決してならないし、学校以上のことがしたければ、自ら進んでピアノ教室などに通うのが普通だ。英語のコミュニケーションができるようになりたければ、英会話教室などに行くべきだと思う。

母国語である日本語について言えば、国語の授業も小学校から必修であるが、高校生になっても作文が書けない生徒や、中学校までの漢字の読み書きができない生徒がいるのが現状である。英語の授業に何でも求めすぎて、本当にするべきことが見失われていないだろうか。

 以前にオールイングリッシュで授業を実践されている高校の発表を聴いたことがあるが、文法的な説明は、夏休みに日本語で行うそうである。センター試験の成績も上がり、英検準1級取得者も出ているそうである。逆に国公立大学進学者は決して多くはなかった。長期の海外ホームステイ制度を多くの生徒が利用し、英語教育に相当の時間をかけて成果を上げる一方で、他教科の伸び悩みと、受験対策の遅れなどが原因かも知れない。行きすぎた日本語の排除も関係しているのではないかと考える。

 また授業がすべて英語で行われるということで、拒否反応を示す生徒もいるため、そういう生徒には必ず休み時間に面談をしているそうである。オール・イングリッシュも細心の注意と準備をして導入しなければ、結局は授業について行けない生徒をたくさん作ることになるかも知れない。

◆日本人として英語の授業で目指すべきこと◆
 生徒が外国語として英語を学ぶ意義は、外国人になることではないはずだ。
日本人として、日本と外国の文化や習慣の違いなどを比較して、日本語でも英語でも発表できると言うこと、日本語と英語を通して、外国と日本の橋渡しをすること。これは外国語として英語を学んだ者の特権である。英語を日本語に訳したり、日本語の文章の内容を英語で説明する練習も、この特権を行使するために必要なことだ。本校ではバランスの良い授業を心がけ、授業の役割と目的を見失わず、質の高い授業を提供していきたい。

2009年2月 4日 (水)

【第74回】高校生の君たちへ あえて勉強の話をしよう(その2)

◆大統領が力をくれた!◆
 "My fellow citizens."
 この一声で、アメリカ第44代大統領オバマ氏の就任演説が始まった。アメリカ史上初の黒人大統領誕生の瞬間だ。オバマ氏本人の肉声を英語のままで聞いてみた。国民一人一人の責任ある行動と国の再生を訴える、新大統領の力強くも落ち着いた言葉に、確実な時代の変化を感じた。また涙を流しながら聞いている人たちの多いことに、その期待の大きさを感じた。

 ○○年前、高校受験を目の前に控えた年にも、アメリカのカーター新大統領の就任演説の様子が放送された。当時はまだまだ未熟な英語力しかなかったから、ほとんど聞き取れず、大統領の高めの声だけが頭に残った。「スピーチや映画、歌などの英語を聞いて理解できるようになりたい。でも本当にできるようになるのか?」
 やる気と不安が入り交じっていたが、「できるようになりたい」という気持ちを強く持てたのは、もしかすると大統領が背中を押してくれたのかも知れない。

◆夢中で英語を求めた!◆
 私が中高生の時は、外国人の英語に触れる機会はほとんどなかった。
学校の授業はすべて日本人の先生であり、ビデオもない時代で、家で好きな洋画を英語で楽しむこともできなかった。それでも、ラジオの英語講座は大いに活用した。ラジオを決まった時間に聴くだけで、授業料はかからないし、テキスト代は一ヶ月数百だけ。会話、歌、映画の台詞など、さまざまな材料が盛り込まれていて、非常に楽しかった。毎回、次の放送が楽しみだった。

 時々映画館まで、洋画を見に行った。
私はなんと、必ずテープレコーダーを映画館に持ち込んでいた。映画の台詞を何度でも聞いて、たくさんの表現を覚えたかったのだ。その頃のテープレコーダーは、今の携帯型音楽プレーヤーのように小さくはなく、肩からかつぎ、片手にマイクを持ってじっとしてなければならなかった。いつ映画館の人に呼び止められるかとハラハラしながらも録った映画の台詞は今でもほとんど覚えている。(よい子はまねをしてはいけません。)

◆進路を考えたとき◆
 高校2年生のとき、学校で進路希望の調査が行われた。
当然英語の道を選ぶだろうと親も思っていたようだが、実は英語の他に進路として考えていた道があった。それは音楽だった。高校に入って吹奏楽部に入り、楽器を演奏するこの楽しさにすっかりのめり込み、一時は音大進学まで考えた。だが親に相談したときには、即却下された。そんな甘い考えで生きていけると思うのかということだった。もっともだと思った。私が目指そうとしていたのは、日本に数えるほどしかいないプロの演奏家である。仮に音大を卒業しても、まずなれる可能性の低い狭き道である。親は正しかったし、自分でも納得できた。

 そんな浮気心から元のさやに戻るように、また英語の道を目指すこととなった。だが、もう迷いはなかった。むしろ今までよりも強く、進学の意欲が高まっていた。「大学に入ったら絶対に留学をして、英語の達人になる!」

 教室の壁に、全国の大学ランキング表が貼ってあった。「日本の外国語学部で最高のランクはどこだ?」

 真っ先に目に飛び込んできたのは、関東地方にあるA大学だった。関西地方のB大学は、偏差値的には入りやすいが、公費留学制度が日本一充実している。この2つの大学を目標の中心とし、受験勉強に取り組んだ。

 今回もとりとめのない話になったが、決して自分ががんばったということをいいたいわけではない。一生懸命に何かに専念すると、そこから将来が開けてくることもある。自分が打ち込める何かを、君たちにも持ってもらいたい。その参考になればと思うばかりである。

2008年4月30日 (水)

【第37回】高校生の君たちへ あえて勉強の話をしよう

◆それぞれの舞台で活躍する生徒たち◆

 遊学館高校には、さまざまな場面で活躍している生徒が大勢いる。中でも、卓球、バトントワリング、駅伝競走、野球などの部活動で、全国レベルの実績を収めている生徒や、ボランティア活動やスピーチ・コンテスト等で表彰を受けた生徒たち、その他にも挙げば切りがないほど多くの舞台で、みんなががんばっている。

 私はその中で、「勉強」という舞台のことを書いてみたいと思いう。決して派手な活動ではなく、地道だけれども、すべての生徒が取り組まなければならない。「勉強」という言葉はいかにも重々しく、とっつきにくいと感じるかも知れない。

 私も正直、勉強が好きだとは言えないし、高校生のころは、苦手な科目はいつも後回しにしていたと思う。しかし、少し考え方を変えるだけで、勉強もずいぶん楽しくできるということがわかった。一度で多くは書ききれないが、恥ずかしながら私自身の体験談も含めて、高校生の君たちに参考にしてもらえれば幸いだ。

◆敏感な「興味のアンテナ」を持とう◆

 高校生にとって高校生活の大半を過ごすのが、教室で授業を受けている時間だ。だから、学校生活そのものが楽しいか、充実しているかは、授業を面白いと感じるか、理解できるかにかかっていると言ってもいい。また、少しでもたくさん勉強しておいたほうが、よりよい進学先や就職先を選択できることも、高校受験を経験してきた君たちには容易に想像がつくと思う。

 では、どうしたら授業が面白くなり、理解できるようになるのか。それはまず、君たち自身が、「知りたい」「わかるようになりたい」という気持ちを持つことだ。常に敏感な「興味のアンテナ」を持って、本を読んだり、辞書で調べたり、授業の予習や復習をしたり、友達や先生に質問しよう。そして、「知る喜び」「わかる喜び」を一つでも多く体験してほしい。

◆通学路にあふれる英語◆

 私が英語を面白いと感じたのは、小学校5年生のころ、あるものに興味を持ったことがきっかけだった。それは,通学の途中で目にする自動車の名前だ。“Bluebird”、“Corolla”、“Crown”、“Laurel”、“Mark II”…「ローマ字とは違うな」「これが英語のつづりなのかな」

そのうちに、テレビのコマーシャルや店の看板、雑誌などに書かれている英語が気になりだした。“Shop”、“Store”、“Books”、“Cleaning”、“Bowling”、“Restaurant”…当時は、英語は中学校に入ってから始めるのが当たり前で、英会話教室に通うことなども、思いもつかなかった時代である。

それでも、通学路や身の回りにあふれる英語を、ただ興味の向くままに見ていただけだが、無意識のうちに単語を覚え、英語の特徴をつかむ練習になっていたと思う。もちろんそのころはまだ、自分が将来英語の教師になるとは、想像もつかなかった。

◆どうして「おじさん」が「ウ○コ」なの?◆

 中学校に入って、新しい制服、新しい友人…何もかもが新鮮だ。そんな中、初めての英語の授業が始まった。文法的なことはまだ知らなかったが、自分の知っている単語がいくつも出てくるのはうれしかった。英語のあいさつなどの表現も興味を持って覚えることができた。

 ある時、大きな疑問が湧いた。その当時は、学校にAETの先生はまだおらず、外国人の発音に触れることができるのは、先生が授業中に教科書の朗読テープを聞かせてくれるときだけだ。最初に先生のあとについて発音練習をしてからテープを流してくれるのだが、先生とテープの外国人の発音がまったく違うのだ。

これには本当に驚いた(当時の先生、ごめんなさい)。“Yes, it is.”という簡単な表現でも、先生の発音は、はっきりと「イエス、イッティーズ」と非常にわかりやすかったが、外国人の発音は何度聞いても、「イェース、イリーズ」としか聞こえないのだ。おまけに“uncle(おじさん)”が「ウンコー」と聞こえたときはショックだった。「どうしておじさんがウ○コなんだ?」こうしたことがきっかけで、英語の発音にも興味を持った。

この続きは、また機会があればさせてもらおうと思う。
高校生の君たちは、ぜひ興味を持って、「知りたい」という気持ちを大切にして勉強してほしい。その気持ちがあれば、勉強も少しは面白くなり、成果も上がると信じている。

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