2019年6月 6日 (木)

【第582回】 恩師の思い出渡辺 祐徳 (英語)

ある朝,職員室の電話が鳴った。
「Nさんという方からお電話です」
Nさんという名前は,自分の記憶の中ではたった一人しかいない。
小学校5年生と6年生の2年間,クラスの担任をしていただいた先生だ。
書道の師範でもあり,その達筆ぶりは,教科書の手本として載るほどだった。
第二次世界大戦時には出兵され,苦労されたお話は今でも強く印象に残っている。

「おぉ,渡辺君か!」
まさかと思ったが,受話器から聞こえたのは,紛れもない,N先生のお声だった。
もう90歳になるという先生のお声は,わずかにかすれて聞こえはしたが,あの頃と同じように力強かった。
お互いの近況を交わしながら,先生が私のことを覚えていてくださったこと,
そしてわざわざお電話をくださったことに,感謝と感動を覚えた。

私が先生のクラスの生徒になったとき,先生はすでにベテランの貫禄たっぷりだった。
悪ガキ連中もそばを通るときは緊張したものだった。
私も悪友たちと先生を手こずらせたクチだ。
運動会の練習では,いつまでもダラダラとおしゃべりをしていて,案の定,先生から目をつけられた。
こんな時先生は,まるで下っ端の兵士を懲らしめるように
「目をつぶれ!歯を食いしばれ!」
と言って,強烈なビンタを見舞われた。
それが頬を直撃したときは本当に痛かった。

いつも叱られていた私は,何度も先生の平手打ちを受けるうちに要領を覚えた。
その大きな手が当たる瞬間,大げさに体を振って,痛くないようにしていたのだ。
それも先生はお見通しだったはずだ。
だがそんなときも先生は,それ以上私たちを追い詰めることをされなかった。
厳しさの中の優しさ,暖かさを教えてくださっていたのだと思う。
先生のクラスで学んだ2年間は,私の人生の中で,貴重な思い出となっている。

先生,ごめんなさい。
今の時代で,ご自分が力で制する教師だったように受け取られると,不本意でしょう。
しかし理由があって叱られるのだから,当然ですよね。
私は先生のご指導で学び,成長することができました。
先生には畏怖の念こそあれ,嫌だと思ったことは一度もありません。
本当にありがとうございます。

N先生以外にも,素晴らしい恩師との出会いがあるが,文字数の都合上,またの機会に書きたいと思う。
学校生活で教えていただいた中で忘れられないのは,厳しい先生が多い。
どうしてだろう。
実はそういう先生は厳しいばかりではないのだ。
言い方を変えれば,本気で接してくださった先生ばかりだ。
厳しさと同じぐらいの愛情を感じられれば,生徒にとって,一生の恩師になるのだと思う。

現代の中高校生や若い世代の人たちに言いたいことがある。
道徳的な価値観や判断基準は,時代の変化に伴って,変わるものだ。
現代は非常に速いスピードで,価値観が変化している。
まさに今は過渡期と言っていい。
今は正しいと言われることが,数年のうちに変わることもあるだろう。

私は厳しいながら,本気で関わってくださる先生方に学び,成長することができた。
決して力や強い言葉による教えを肯定するのではない。
しかし,深い愛情と強い精神力が基盤となって,日本の発展の礎を築いた時代があったことも知っておいてほしい。
誤解がないように願いたいが,私が尊敬する先生方も,生徒を傷つけることは一つも望んでいなかったはずだ。
方法論は様々だが,体当たりで教育に携わる先生に,生徒が学び,成長する。
一つの理想であるかもしれないが,その状態が当然であるとも言える。

過去を知らない,声の大きな人たちと,現代の速い変化にとまどいと疑問を抱く者たち。
今はその両者が混在する時代だろう。
お互いを理解しながら,新しい時代を築いていけたら素晴らしいだろうと思う。

2019年5月30日 (木)

【第581回】 2020Y. M. (理科)

 まず、今年も暑い熱い夏が始まりました。日々の生活はどうお過ごしでしょうか。高校総体・総文・百万石祭りはどうだったでしょうか。良くも悪くも、何か思いが心に残ったと思います。その気持ちを、お互い次のレベルアップに活かして行きたいものです。
 さて、来年は日本で2020東京オリンピックが開催されます。いろいろな方々が、オリンピックを良い形で開催し、運営するために数年をかけて準備をしている段階だと思います。イベントは、たくさんの人達が準備・運営をしてくださるおかげで成り立っていることに感謝する気持ちを、観戦者である自分も忘れてはならないと思っています。2020オリンピックが良いものになりますように。
 また、2020インターハイ高体連バスケットボール競技が石川県で開催されます。このイベントに向けても、いろいろな方々が準備をしてくださっていると思います。来年も暑い熱い夏になること間違いなしです。男子バスケットボール部の顧問をしている自分としては、たくさんの方々に観戦してほしいです。
 日々、暑い夏に負けず、熱い夏になるよう過ごしていきましょう。

2019年5月23日 (木)

【第580回】 「ありがとう」吉澤 宗馬 (国語)

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 突然ですが、「ありがとう」という言葉を使っていますか?
 物を拾ってくれて「ありがとう」
 困っていた時に助けてくれて「ありがとう」
 ご飯を作ってくれて「ありがとう」
など、様々な場面で感謝を伝えるために使う言葉です。
 漢字で書くと、有ることが難しいで「有り難う」です。その語源は、形容詞「有り難し(ありがたし)」の連用形「有り難く(ありがたく)」がウ音便に変化し、「ありがとう」となったものであり、本来は「めったにない」や「珍しい」等の意味です。
 生活している中で、必ず困難や苦難にぶち当たることは多々あると思います。そんな時私は、「有り難い」と思うようにしています。困難や苦難が無い生活は、「無難」でつまらないと考え、「辛」い難を越えた先には、必ず「幸」せが待っていると思っています。

 また、「ありがとう」の対義語は「あたりまえ」です。「あたりまえ」だと思っていることは、本当に「あたりまえ」なのか、もう一度考えてみてください。
 学校に行くのが「あたりまえ」
 ご飯を食べられるのが「あたりまえ」
 帰る場所があるのが「あたりまえ」
「あたりまえ」というのは、全然「あたりまえ」ではありません。
 いつも「あたりまえ」だと思っていたことにも「ありがとう」の気持ちを忘れず、一日一日を大切に過ごしていきましょう‼

2019年5月16日 (木)

【第579回】 「最近思うこと」Y. M. (地歴・公民)

私がよく行くコーヒーショップでの出来事です。
厨房や店員さんが待機する場所に近い席に座りました。おそらく食器を片付けているのでしょうか。
とにかく食器を片付ける音がうるさいです。
帰られたお客さんの話をしています。私はとても不快な思いになりました。
お客さんの席が近くにあるのなら、もう少し静かに食器を置いてもらえないだろうか。
店員さんが話すお客さんのことを本人が聞いたらどう思うか考えて欲しい。
この状況に遭遇したら、不快な思いをするのは私だけではないのではと、思いました。
お店に対してのクレームでもなく、この店員さんに何かものを申したいというわけでもなく、いろいろなことを考えさせられる瞬間でした。

 最近、多くのマスコミが取り上げている「バイトテロ」。ある外食チェーン店では、全国で一斉に臨時休業して社員研修を行いました。
 アメリカにおいても大手コーヒーチェーン店でお客さんに対しての人種差別とも受け取れるような扱いで全米の8000店近く約17万人の従業員が一時休業し、社員研修を行った事例があります。
 高等学校において生徒を迎え入れ、3年間生徒を指導する教員という立場の私としては決して人事だとは思えない事案ばかりです。
 訪れたお店の店員さんを指導するわけにも行かないですし、世の中の問題を解決できるわけでもありません。
 学校において起こる数々の事案を解決し、より多くの生徒が過ごしやすい環境を作り出すことこそ私がしなければならないことです。
 バス乗車や自転車を運転する際のマナーの悪さ、SNSなどによる人間関係の問題、校則違反を指導されるよりも、その後の立ち振る舞いの悪さでの指導など、毎日のようにいろいろなことが起こり繰り返されます。
 世の中で起こっていることも、我々の学校で起こっていることも当事者からすれば、こんなに事が大きくなるとは思わなかったというのが本音だと思います。

自分のしていることがエスカレートするとどうなるか。
自分が発した言葉を相手がどう受け止めるか。

 ほんの少しだけ行動を起こす前に考える力があれば防げることがたくさんあると思います。
 今年度1年生は総合探究、2年生は総合学習で論語を学ぶ時間があります。仁(思いやり)、徳(人としての正しい行い)。まずはこのあたりから生徒と一緒に学び、大人の我々も襟を正して生活していきたいと思います。
 生徒が遊学館を巣立ってから世の中で少しでも必要とされる人材となれるよう、「考えたことを教えるのではなく、より自分で考え実行できる術」を教えられるように努めていきたいと思います。

2019年5月 9日 (木)

【第578回】 新元号に変わって山本 護嗣 (地歴・公民)

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 初の10連休となった今年のGW半ばの4月30日に明仁上皇が退位され、翌日の5月1日に新たに徳仁天皇が即位された。それに伴い今までの「平成」の時代が終わり、新たに「令和」の時代が始まった。

 新たな元号である「令和」は、日本最古の和歌集である万葉集の「梅花の歌」の一文から来ている。万葉集には、天皇、貴族、防人、農民など幅広い身分の人が詠んだ歌が集められており、このことから「令和」には、「一人一人の国民が明日への希望と共に、それぞれの花を大きく咲かせることの出来る時代になってほしい」との思いが込められている。

 この元号に込められた思いのように、今はまだつぼみである遊学館の生徒たちも、希望に満ち溢れた新しい時代を自ら切り開き大成し、大きな花を咲かせてくれることを願っている。