2018年8月 9日 (木)

【第540回】 疑問をもつこと園下 真史 (数学)

 最近とても暑いですね。暑すぎて蚊も活動できないみたいです。聞くところによればこのままいくと2100年には夏の平均気温が40度近くになるらしいし、冬の大雪のような異常気象も含めて二酸化炭素による地球温暖化の影響であることはだれからも明白であるように思えます。
 しかし、世の中にはこのことに関して疑問を持っている人も存在しています。地球はこれまで氷河期と温暖期を繰り返しているのだから、この気候はその移り変わりの途中に過ぎない、というものなど、様々あるようです。
 それらが正しいかどうかは置いといて、私が言いたいのは世の中のあらゆることについて鵜呑みにするのではなく、本当にそうなのか?なぜそうなるのか?という疑問をもつことが大事である、ということです。
 歴史などはたまに事実がくつがえることがあります。しかし数学ではそのようなことは起こらないでしょう。1+1=2は不変のはずです。なのにこんな当たり前のことにさえ疑問を持つ人がいます。数学者なんてそんな変人ばかりなのです。
 この学校の生徒達は公式を紹介したときに、「テストにでるから覚えなさい」といえば納得します。素直なのは良いことなのですが、数学教師としては物足りなさを感じます。
 でも中には「なんでこうなるの?」と疑問を投げかける生徒もいます。それに対して多少面倒な顔をしつつもどこかうれしそうな顔をしている自分がいることに気がつき、やはり自分も変人なんだなと感じました。
 皆さんも色んなことに対して疑問をもってみてください。そしたらきっと、世界がひろがって見えるはずです!

2018年8月 2日 (木)

【第539回】 『受験生』S. Y. (理科)

 現在3年生の担任をしているが、この時期の受験生の気持ちはたぶん、不安・焦り・よくわからない(現実を受け止めていない)のどれかではないかと思う。
 中学3年生では、進学する高校を決め、さらには理数科など文理選択を伴う決定をしてしまう生徒もいる。高校に入れば、1年次に文理選択やコース選択があり、3年では卒業後の自分の人生と向き合わなければならない。最終的には皆、就職する方向に向かって動いているわけだが、生徒一人一人によって、目指す進路も多様化し、就職や専門学校・短大・大学への進学等様々である。特に遊学館は、ダイバーシティが生徒の個性と同じくらい進路指導に関しても存在している、なかなか珍しい学校ではないだろうか。
 この社会では何歳までに就職しなければならないという決まりはない。それぞれがそれぞれのタイミングで社会の仲間入りを果たしていくだけである。ならば、それまでにどれだけこだわりを持って、自分自身と向き合うことが出来たかということが最も重要だと私は考える。結局、大学に進学しても就職が延期になっただけと考えるならば、その時間を何に使えばよいかということになる。ある人は留学して自分だけが体験したことを糧として、就職に向き合っていくであろうし、ある人は自分の興味関心のある分野をとことん探求することで、学び続ける面白さに気付き、就職に結び付けていくかもしれない。
 大学は専門学校と違って、職業訓練的な要素はかなり少ない。みんなが行くから自分もではなく、自分だけのこだわりを持って進学してほしい。専門学校のように、もう何者になるかを決めて進学する人のほうが、高卒で社会の一員として就職をする人のほうが、実は自分と一番向き合えた者なのかもしれない。
 しかし、実際はどんな選択をしようと自分自身としっかり向き合った上で結論を出せた者は少ないのではないだろうか。だからこそ、中学生だろうと高校生だろうと受験生には、自分が就職するまでに必要だと感じる時間を逆算して考えてほしいと思う。その時間が君たちに残された社会人になる為の時間である。だから、1分1秒も無駄にはできないし、受験がゴールとなることもない(社会人がゴールであるわけでも決してない)。
 今の漠然とした不安や焦りは自分自身と向き合う絶好のタイミングと捉えて最後まで諦めずに、自分だけのこだわりを貫いてほしい。

2018年7月26日 (木)

【第538回】 挑戦S. M. (数学)

数年前。
本屋で衝動買いをした。
迷わず手に取り、レジに持ち込んだ。

「ピザ窯作り」の本だった。

当時の職場で本を見せると、あっという間に作ってみることになった。「ピザ窯」を!煉瓦があった。薪があった。焼き場も調理台もあった。そして、一緒に考えてくれる協力者もいた。

「ピザ窯でピザを焼こう!」
ゴールをイメージし、様々な条件を考えて試行錯誤する。目標に向かって道筋を考える時間が、実は好きだったりする。楽しく考える時間の始まりだった。

まず初めに、パン作りについて考えた。やはり、おいしいものが食べたい。勢いで通い始めたパン教室だが、やってみると難しくて面白い。こねて、焼いて、何度か繰り返すことで手際はよくなったと思う。次は、発酵機がない野外ではどうするかを考えた。発酵機で発酵させたものと、日向に置いて発酵させたもの両方を作ってみることにした。

自分一人では三日坊主になることも多いが、協力者がいれば別だ。「ピザ窯」のイメージを膨らませてくれた人、サポートしてくれた人など、協力者の力を借り当日を迎えた。改善点を考えながら、とてもおいしく、楽しい時間だった。

さて、もう夏休み。
あなたは何か考え、行動していますか?

一度しかない高校生活。
やりたいこと、やってみたいこと、沢山挑戦してほしい。
目標に向かう道筋に迷ったら、一緒に考えましょう!

2018年7月19日 (木)

【第537回】 守破離S. J. (地歴・公民)

 私が剣道部の顧問をしていた時に、「守破離(しゅはり)」という言葉を知りました。その意味は

守破離(しゅはり)は、日本での茶道、武道、芸術等における師弟関係のあり方の一つ。

 ① まずは師匠に言われたこと、型を「守る」ところから修行が始まる。

 ② その後、その型を自分と照らし合わせて研究することにより、自分に合った、
   より良いと思われる型をつくることにより既存の型を「破る」。

 ③ 最終的には師匠の型、そして自分自身が造り出した型の上に立脚した個人は、
   自分自身と技についてよく理解しているため、型から自由になり、型から
   「離れ」て自在になることができる。

武道等において、新たな流派が生まれるのはこのためである。

個人のスキル(作業遂行能力)をレベルで表しているため、茶道、武道、芸術等だけでなく、スポーツ、仕事、勉強、遊び等々、世の中の全ての作業において、以下のように当てはめることができる。

 ① 「守」=支援のもとに作業を遂行できる ~ 自律的に作業を遂行できる
 ② 「破」=作業を分析し改善・改良できる
 ③ 「離」=新たな知識(技術)を開発できる

(ウィキぺディアより抜粋)

 何事においても、いきなりオリジナルのものを生み出すのは難しいものです。まずは模倣からはじめればよいのです。指導者の教えを守り、上手い人の技術を真似るのです。次に自分独自の創意工夫を行い、最後には自分で新しいものを作りだす。

 今年、1年生の学年主任となり、この「守破離」を総合学習の時間のテーマにしました。まずは文章の表現力をあげるために、いい文章を何度も読み、いい文章をまねて何度でも書いてみることからはじめています。いきなり自分の意見を書ける人は多くありません。そこで、同じ高校1年生が書いて、賞を獲ったような素晴らしい文章を読み、そのまま作文用紙に写して書いてみます。そのようなことを繰り返していくうちに、自分の文章が書けるようになったり、最終的には自分の意見が言えるようになることを目指しています。

 まだはじまったばかりの「守」の段階ですが、3年間続けることにより、「破」「離」の段階へと進みたいと思っています。

 卒業するころには
「 青は藍(あい)より出でて藍より青し 」 =弟子が師匠を超えること  となってほしいと思っています。

「青は藍より出でて藍よりも青し」は「出藍の誉れ」とも言う。青色の染料は草の藍からとるが、それはもとの藍草よりももっと青くなる。そのことから、親や先生よりも優れた才能を示したり、仕事をしたりしたときに使われる言葉である。ここでは学問というものはどんどん発展していくのだから、自分で「ここで終わり」という制限をかけて努力をやめることをせず、学び続ける大切さを説いている。

 遊学館で自分の新しい可能性を生み出し、社会で活躍できるような人間に成長して欲しいと願っています。

2018年7月 5日 (木)

【第536回】 夢や目標の実現S. E. (保健体育)

皆さん、こんにちは。初めてなので、軽く自己紹介をさせていただきます。今年度から遊学館高校に参りました。三納英莉佳と申します。「えりか」は花の名前なんです。ちなみに、花言葉は、、、、「こどく」だそうです。だからといって「こどく」が好きな訳ではないです。どうぞ、よろしくお願いします。


自己紹介はこれくらいにして、
さっそく、今回のテーマ「夢や目標の実現」について考えていきたい。

今、ワールドカップで世界は盛り上がっている。私もその1人だ。応援している中で、感じることが2つある。1つ目は、1人ひとり、選手が「目標」に向かって戦っている姿は、鳥肌がたつほどかっこいい。そして、もうひとつは、「目標」や「夢」を叶えることって難しいと・・・。

人生において「夢」や「目標」を持っている人は多いであろう。しかし、「夢」を実現させるために何をすべきなのかを常に考えながら行動している人は、あまり多くないのではないか。特に「夢」の実現が難しいものである場合、無理だと思って何もしないパターンや「夢」で終わらせがちである。しかし、決して多くはないかもしれないが、その「夢」を実現させる人は世の中に必ずいるはず、その人たちの人生を紐解いていっても、常人離れした能力を最初から持っていたわけではなく、極めて普通の人間だったことが分かる。
ただ違うのは、自分の「夢」を「自分の夢の実現」させる努力を続けていた結果として、その「夢」を叶えることができるのではないか。

私自身、みんなと同じ年齢の時は、「目標」を達成できた経験はない。いつも目の前で、掴み取ることができない。そんな人生を送っていた。でも、後悔はしていない。自分の中で達成させるための努力は怠ったことはない。「やりきった」という思いがあるからだ。

だから私は思う。1度きりの人生だ。自分のやりたい事をとことん実現させる努力を続けてほしい。もし、達成できなくても、努力した分が自分の「財産」になる。そして、「夢」や「目標」がまだ見つかっていない人は、これから見つけていけばいい。そのためにも、目の前のことと向き合っていけたら、きっと新しい自分、新しい「目標」「夢」を見つけることができるかもしれない。みんなで、一緒に頑張ろう。