2015年7月 9日 (木)

【第386回】 Every Child Has a Beautiful NameK. S. (英語)

 皆さんは自分の名前を気に入っていますか。
 私は小さい頃、「織」の字を書くのがとても難しく、あまり好きではありませんでした。習字の作品の左端に名前を入れる際には、「織」の字がちゃんと収まらないのではないかと、いつもドキドキしながら書いていた記憶があります。
 しかし、ある日、生まれた頃のアルバムを開くと、そこには私の名前の由来が書いてありました。七夕の前日に生まれたので、織姫から一字とったのだと。また、「沙」と「織」のそれぞれの漢字の意味も載せてありました。
 これを見て私は一気に自分の名前が好きになりました。自分の名前にはちゃんと意味が込められていたということが分かり、すごく嬉しかったのです。
 私は名簿を見るのが好きで、先日の期末試験中も皆さんの名前を見て、「Aくんは夏生まれかな」「平仮名の優しい雰囲気がBさんの今の性格を表しているな」「Cさんの名前もかっこいい」なんて、勝手に考えながら試験監督をしていました。とにかく、どれも素敵な名前なのです。
 もしかしたら自分の名前を気に入っていない人もいるかも知れません。でも、必ずその名前には意味や由来があり、名付けた人の気持ちがこもっているのだということを忘れないでほしいと思います。
 次の自分の誕生日に、保護者の方に生まれたときのことや名前の由来を聞いてみてはどうでしょうか。きっと何か素敵なエピソードがあるはずです。

2015年7月 2日 (木)

【第385回】 生 徒 諸 君 。K. K. (英語)

そこの君,期末試験中なのにこんなものを読んでいてはいけません。お勉強しましょう!
試験が終わって,気が向いたらまた開けて下さい。

私の授業をうけているみんなへ,ありがとう。
机間巡視‐早い話が予習チェックで教室を回るときです‐の際,後ろの席まで行きたいと思うと,生徒達は「ちょっとはダイエットしろよ!」といった本音は噯にも出さず,机と机の間をゆっくりと広げ,まるで私は映画『十戒』のモーゼのような気分で歩くことができるのです。 また,持ち込む教材が多く,疲れて階段の踊り場の付近で小休止していると,「大丈夫ですか。」とか,「持っていきましょうか。」と声をかけてくれます。 本当に心優しい生徒達です。

今月12日に行われた野球部3年生の引退試合(対金沢学院東戦)を観戦しに行きました。
その時に,見事なトンネルを見せてくれたK君、気にすることはありません。君達の先輩である1期生・2期生も,派手なトンネルやエラーを県大会や北信越大会の公式戦でやっちゃっていました。 応援部隊さえ結成できなくて,応援席には保護者と一部の高校野球ファンだけ。 試合途中のグラウンド整備では,ベンチ入りしたメンバーもトンボを使ってならしていた野球部創成期の頃をふと思い出しました。 夏の県大会予選まであと少し。 ガンバレ。

5月の中間試験の1日目が終わったあと,Dデパートに行きました。 エレベーターに乗っていると,途中から,遊学館高校生のカップルが入ってきました。 男子生徒の方は目を携帯電話からそらすことなく,ゲームをしていました。 そこで私は,「こんな所でゲームをするのはやめなさい。」と注意をしました。 男子生徒の方は何やらぶつくさと言っていましたが,女子生徒の方が「すみません。」と謝っていました。 あとになって,あの時私はこう言うべきだったと反省しました。「大切なデートの時に自分だけゲームをして,彼女をほったらかしにするな!」職員室にいきなり入ってきて,「誰もおらん。」と言うのは止めてください。他の先生方もいらっしゃるし,ただ単にあなたが用事のある先生が席をはずされているか帰宅されたかということで, No one is here. ではありません。

一般に黒っぽい服を着ると痩せてみえるといいます。 私の好きな色は青や黄色ですが,着るのはやはり黒とか茶色が多いと思います。 でも,白は必ず太って見える,とは限りません。 女子の夏服のセーラー服は紺のアクセントカラーが効いており,カッティングもフィットするようにしているので,すっきり見えます。それなのにわざわざ太って見えるモコモコしたセーターをその上から着るのが不思議です。 特に3年生。
コスプレでもしない限り,セーラー服が着られるのは期間限定,今だけですよ。

2015年6月25日 (木)

【第384回】 今日の空はどんな空?梶本 朋子 (情報アシスタント)

空を眺めるのが好きです。
家の窓から、車の窓から、外を歩きながら、学校の廊下を歩きながら・・・
いつでもどこでも気付けば空を眺めているような気がします。

入道雲、いわし雲、ひつじ雲、かすみ雲、すじ雲、波状雲、雨雲、飛行機雲...
朝焼け、夕焼け、「天使のはしご」と呼ばれる光のカーテンなど、毎日いろいろな表情を見せてくれる空は本当に見ていて飽きません。
私にとって、空を眺めるのは究極の癒しなのだと思います。

遊学館の中庭からの眺めもなかなか良いものです。
真っ青な空と、真っ白な雲と、鮮やかな緑の木。
皆さんも勉強に疲れたら、何も考えずにボーっと空を見上げてみてはいかがですか?
いい気分転換になると思いますよ。

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2015年6月18日 (木)

【第383回】 山登りK. T. (理科)

日本は山だらけの国です。海無し県はあっても山無し県はありません。でも高山(こうざん)となると話は別です。高山帯というのは標高が高く、背の高い樹木がない場所のことをいいます。石川県には白山という立派な高山があります。白山は日本列島の高山帯の西限に位置する重要な山で、日本に5か所ある高山生態系モニタリングサイトのひとつに選ばれています。

私はかつて北海道の大雪山という山で高山性の植物や昆虫の生態を調べていました。春から秋まで山の上にテントを張って生活し、シャツやズボンはもちろん下着から靴下まで1週間以上着替えることなく全身から悪臭を放ちながら調査をしていました。

大雪山はとても山深い場所なので下界の音が全く届きません。聞こえるのは鳥のさえずりとナキウサギの鳴き声、そして風の音だけです。夕方調査を終えてテントに戻り研究メンバーたちと晩御飯を作って食べ、そして満天に広がる今にも降り注いできそうな星々をしばし眺めて就寝。まさに天国生活でした。

そんな私も最近は山に登る機会がめっきり減ってしまいましたが、白山にはちょこちょこと登り続けています。白山は金沢から日帰り可能で、早起きして車を登山口まで走らせて早朝から登り始めれば朝食の時間には標高2千メートルを越えてしまいます。花や虫を観察しながらだらだら登ってもお昼前には山頂付近にたどり着けます。弁当を食べてからぐるっとお花畑を歩いて、それからゆっくり下山しても明るいうちに登山口に戻ることができます。

いろいろな山に登りたい気持ちもあるのですが、私はなぜか白山ばかりに登り続けてしまいます。数日間隔で登っても、植物も虫も鳥もそして全体の空気感もどんどん変わっていくので、毎回必ず何かしらの季節的変化を味わうことができます。ですから何度登っても飽きることがないのです。

白山は「登ったぞー」と感じることのできる登りがいのある山だし、面積は狭いですが高山帯のお花畑も十分に楽しむことができます。こんな素晴らしい山が石川県にあることはとても幸せなことです。これからも白山には何度でも登り続けていきたいものです。

2015年6月11日 (木)

【第382回】 最近考えていることA. H. (数学)

私は遊学館に来る前は新潟県の中学校で勤務していました。金沢に来て二ヶ月半程です。1年生の担任になり、気がつけばあっという間に6月に入っていました。時が経つのがこんなに早く感じたことは今までになかったなと思うくらいです。そんな毎日の中で、ふと自分の学生時代を思い返すことがあります。
 1999年小学6年の夏、姉とともにセビリア世界陸上をテレビで見ていました。はじめて見る世界陸上はすべてが衝撃的でした。世界にはこんなにも速く走る人が、こんなにも高く遠くに跳べる人が、こんなにも遠くに投げることができる人がいるのかと。そのときの衝撃を忘れる日はなく、中学・高校・大学と10年間陸上競技部に所属しました。時には陸上に夢中になりながら、時には勉強のことで頭が一杯になりながら、それでも自分なりに必死に陸上と向き合ってきました。もちろん辛くて苦しい思いもたくさんしました。走ることが嫌になり、練習をサボったこともあります。足に痛みはないのに、「痛い」と言って練習を見学したこともあります。でも心の中では、罪悪感で一杯でした。苦しくて逃げ出したくなるけど、実際に逃げてしまうと、その数十倍の苦しさがやってきました。そんなときにいつも頭をよぎる言葉があります。それは中学時代の顧問の先生の言葉です。『限界はそこにあるんじゃない。自分で作り出しているんだ。』この言葉を思い出しながら、常に全力で陸上と向き合い、常に全力で自分自身と向き合ってきました。どんなに苦しくても走り続け、百分の数秒でもタイムが縮まったとき、その喜びはとてつもなく大きかったです。一度タイムが出たときの喜びを感じてしまうと、それが楽しくて、また走りたくなる、そんな感じです。苦しさと楽しさを交互に感じながらも、気づけば毎日陸上のことを考えている学生時代でした。
 私は陸上を通して『仲間の存在の大切さ』、『夢中になることの大切さ』を主に感じてきました。もしあの広いトラックで、一人で練習していたら、辛いことを避けて楽をしようと考えてしまうでしょう。ともに練習する仲間がいるから自分の力も発揮できるし、苦しいときは支えあうことができました。それにみんなで大好きな陸上に夢中になっているから、本気で笑ったり、本気で泣いたり、たくさんの感情を共有できたのだと思います。中途半端ではなく、本気でやってきたからこそ、陸上を通して出会った仲間たちは今でも最高の仲間です。だから私は陸上競技に感謝し、陸上競技を通して出会ったすべての人に感謝する心を決して忘れずに、これからも過ごして行きたいと思います。