道上 ちひろ (英語)

2017年9月 7日 (木)

【第494回】 対話

 最近SNSという言葉に触れない日はありません。高校生のみなさんもとても上手に楽しんでいますね!私もLINEというツールの便利さと楽しさを実感しています。しかし便利さ以上にトラブルの種になっていることも事実でしょう。自分が伝えたい内容と相手に伝わった内容が全く異なっていた。また、意図せず相手を怒らせてしまう、など。

 先日、金城大学で行われた教職員研修会に参加しました。その中で、対話という言葉が強く印象に残りました。改めて対話という言葉について調べてみると次のように書かれていました。


 対話:お互いを理解するために、本音と本音の話し合いをすること。
    信頼関係を築くためのコミュニケーション。

 表情やジェスチャー、声色やイントネーションを伝えられないLINEなどでは対話を成立させることは難しいように思います。それが原因で、さまざまなトラブルを招いてしまっているのでしょう。

 みなさん、『企業が新入社員に求める能力』の上位にランクインしているものは何だと思いますか?すぐに気づいた人もいるかもしれません。そうです、コミュニケーション能力なんです!

 遊学館と同じ学園の中にある金城大学や金城大学短大部では、保育士や幼稚園教諭、看護師、理学療法士や作業療法士、福祉の仕事や医療事務、ウェディングプランナーなどを目指すことができます。いずれも信頼関係を築くことが重要な職業で、そのためには高い対話力が求められます。

 中高生のみなさん、SNSオバケになっていませんか?対話によるコミュニケーションのほうが、もっとステキな人間関係を築けるのではないでしょうかheart

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SNSをしている人   対話している人heart
※9月からALTとして来られたマーク先生です!

2016年4月14日 (木)

【第421回】 さくら

先日、兼六園にお花見に行きました。日本には数え切れないほどの花があるのに、なぜ桜を愛でることだけを“お花見”と言うのだろう・・・。普段は花より団子派の私が、なぜかそう思った。

なぜ昔から、桜は日本人の心を魅了し続けるのでしょうか。「さくら」という題名の名曲も数多くある。

あの、淡く優しいピンク色、美しく咲き誇って、いつの間にか散ってしまう儚さのためなのか。そんなことを考えながら兼六園を歩いていた。

その時、友人が言った。「1995年1月17日に阪神・淡路大震災が起きたとき、西宮市の夙川という桜並木になっている花見の名所も震度7の揺れで大きな被害を受けた。川の堤防は活断層の影響で段差になり、橋が壊れるなど悲惨な状況だった。」

「震災の混乱と悲しみから、夙川の桜のことなど誰ひとり考えもしなかった。でも、その年の春、夙川の桜は、いつもと変わりない綺麗な花を咲かせた。」

そのとき、誰もが咲いてくれてありがとう・・・そう思い、とても喜んだそうです。

美しいからだけでなく、儚いからだけでもない。そこには何にも負けず、どれだけ年月を経ても、変わらず咲き誇る強さが日本人の心を打つのかもしれません。

日本人にとって桜は他の花にはない、何か特別なものであることは間違いないのでしょう。

“お花見”日本人はなぜ、桜を愛でることだけを“お花見”と呼ぶのでしょうか・・・。

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2014年11月27日 (木)

【第354回】 “和”な一日

 先日、本校茶道部は21世紀美術館にある、松涛庵というお茶室での催し「茶菓と箏曲を味わう」に参加した。

 そこでは、本校の土曜講座(遊学講座)のお箏の先生である、北村愛里先生が和服姿でお箏を奏で、茶道部員は、大島宗広先生のご指導のもと、お抹茶と秋を表現したお菓子で観光客の方などをもてなしました。

 秋晴れの金沢で、目で和を感じ、耳で和を楽しみ、口で和を味わう。秋を感じさせる、紅葉やとんぼの茶器やお菓子、お抹茶の味、そしてお茶室に響くお箏の音色。金沢で生まれ育った私ではあるが、初めての経験でした。まさに日本の美を五感で感じられる一日でした。

 このようなことを言うと、私が、いかにも日本が大好きで、日本の和に詳しい金沢女性だと想像するかもしれない。しかし実はそうではない。むしろ“和”からはほど遠く、西洋のものやモダンなもののほうが、だんぜんお好みの私である…。

 そんな私が、日本文化の素晴らしさや、金沢という町の良さを純粋に感じることのできる貴重な経験となった。

 お茶会が終わったとき、生徒が「あー、楽しかったぁ」と、一言。それを聞き、この和を愛する女子高生は、将来きっと、“すてきな金沢小町”になるのだなぁ、と、ほんわかした気持ちになれる一日でした。

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2013年8月 8日 (木)

【第291回】 『まっくろくろすけの応援』

今年もまた、暑い暑い夏がやってきた。

今年は梅雨明けも遅く、蒸し暑さもきつく感じる。

遊学館にとってこの時期はなんと言っても、夏の甲子園石川県予選大会である。

この時期、授業に行き野球部の生徒を見ると、

「きっと試合のことで頭がいっぱいなんだろうな」、

「いつも以上に、この時期は疲れているんだろうなぁ~」

となんとなく思う。

「この構文は大切だから必ず覚えておいてね!」

という私の言葉も、この時期の彼らには、全く聞こえていないかもしれません。smile

それでも、眠気に打ち勝とうと頑張って授業に臨んでいる姿があります。

大会が始まり、1回戦のハラハラを打ち破り、準決勝の日を迎えた。

野球部の勇姿を見るために、そして勝利を願いたくさんの生徒が応援にやってきた。

応援団の先生や生徒たちは汗だくになりながら朝から準備をしている。

体育会系でもなく、スポーツ観戦からもほど遠い私も、この時ばかりは万全の紫外線

対策で応援に臨む。

頑張っている野球部の生徒や応援の生徒には大変申し訳ないが、

応援時の私の服装は、黒いズボンに黒いTシャツ、黒いつば広帽子に、黒いロング

手袋、そして真っ黒サングラス。

まさに、“まっくろくろすけ”である。catface

応援に来る途中にコンビニに立ち寄った。

遊学館の対戦チームの応援Tシャツを着た人達を目にしたとき、なんとなく力が入り、

まっくろくろすけも「頑張って、負けないで!」

という気持ちになる。

試合が始まり、スタンドでは真っ黒に日焼けした野球部員たちが汗だくになりながら、

応援ダンスと共に惜しみないエールを送り続けている。

これぞ、正真正銘“まっくろくろすけの応援”である。炎天下4時間もの間、

勝利のため、仲間のために応援し続ける。とても素晴らしいことである。

同点のまま13回を迎えた。勝ちたいという選手たちの頑張りと応援する人たちの

気持ちがひとつになったのか、さよならホームランで勝利することができた。

試合が終わり、球場に止めてある車に乗り携帯電話を見ると、友人や兄から

メールが届いている。

「遊学館勝ったね、よかったね!あの応援面白いね!」、

「明日、仕事休みやしテレビで応援するわ!」など。

決勝戦では星稜高校には一歩及ばなかったけれど、野球部のみんなの頑張っている

姿を通し、きっとたくさんの遊学生が、

「自分も部活動がんばろう」、「私も受験勉強がんばろう」

「僕も頑張れるものを見つけないと!」と思ったはずです。

野球部のみなさんお疲れさまでした。また来年も頑張ってください。

遊学館の人たち、そして遊学館以外のたくさんの人たちが、野球部のみんなのことを

応援しています!!

2012年4月13日 (金)

【第227回】 時間という宝物

 今年度は402名の新入生を迎え入学式が行われました。真新しい制服に真っ白なシューズ、ちょっとだけ緊張した表情で受付けにやって来る新入生の姿に微笑ましさを感じました。入学式のたびに時間というのはなんと瞬く間に過ぎてしまうのだろうか・・・と思うのです。新入生のみんなの初々しい姿を見ると、みんなはこれからどんな高校生活を送るのだろうか、自分の高校時代はどんなだっただろうなど、いろいろと思いを巡らせてしまいます。そして毎年、みなさんの姿を通し“時間という宝物”に気付かされるのです。

“Time is money”このことわざは誰もが耳にしたことがあると思います。「時は金なり」書いて字のごとく時間はお金と同じくらい大切であるという意味になります。しかし、私には時間はお金以上に大切なもののようにも感じるのです。お金は努力によって増やすことができます。しかしながら、過ぎ去ってしまった時間は決して取りかえすことが出来なければ、過去に戻ることもできないのです。時間は全ての人間が平等に与えられた宝物なのです。その宝物を輝くものにするのも、そうでないものにしてしまうのも自分自身なのです。

 使えばあっという間に無くなってしまうのがお金。それに対し、時間という宝物は大切に使えば使うほど自分に輝きを与え、自分自身に身に付けたことは決して自分から消えて無くなることはないのです。こんなことを言っている私も、無駄に費やしてきた時間が沢山あり、今もなおそんな時間を過ごしてしまうことも多くあります。こんな当たり前の事実であっても、常に心に留めて努力することは想像以上に難しいことだと感じます。入学式はそんな私に“時間は宝物”と気付かせてくれるのです。それを教えてくれる新入生の皆さんに感謝し、私もこれからの自分を輝かせるべく1日1日を大切に過ごしていきたいと思います。

 自分を輝かせる方法は、みんなそれぞれ違います。限りある時間を大切にし、「私が高校で過ごした時間はかけがえのない宝物になった」と自信を持って言える3年間を送ってください。高校生活pricelesswink

Michigami

2010年6月30日 (水)

【第139回】アシュリー

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アシュリー

前回(第99回)のコラムでカナダからの留学生であるアシュリーについて書きました。あれから、1年近くが経ち、別れの時が近づいてきました。
日本に来た当初は、日本語が全く分からなかったのですが、日々向上する彼女の日本語力には驚かされるばかりです。今では、英語を一切使うことなく自然にコミュニケーションを取っています。そんな彼女を外国人として接しているクラスメートは一人もいないでしょう。

 とはいえ、何の障害も試練もなくここまできたわけではありません。
いつも明るく前向きで、努力家である彼女であっても日本独特の文化が理解できず、クラスメートとの関係がこじれ、涙を流すこともしばしばありました。ある時、クラスの中で、小さなもめごとが起きました。

 「アシュリーが自分たちの言うことを理解してくれない。」
「もうこれ以上私達にはどうにもできない」そんな言葉が飛び交っていました。
そんな会話の中で、ひとりの生徒が言いました。
「みんな、私達がアシュリーの立場だったら、自分の思いを英語でちゃんと伝えられる?」
「伝えようとしても正しく伝える事が出来ないのに、ひとりも日本人がいない中でそんなに強くいられるの?」といったものでした。

 その瞬間、生徒達は無言になり「そうやよね、あたしアシュリーにもう一度メールしてみる。」
「私も電話してみるし、それでも上手くいかなかったら、先生を含めて英語と日本語でみんなで話し合えばいいよね。」などと前向きで彼女を思いやる言葉がたくさん出てきたのです。

 彼女の気持ちを汲み取ろうとする生徒たち、みんなと仲直りがしたいという気持ち、そして日本文化に少しでも馴染もうと努力するアシュリーのこころがひとつになり問題は自然に解決へと向かったのでした。

 あの時、両者がお互いに歩みよることなく、もうどうでもいい…となっていたなら、
彼女にとっての日本での生活は大きく変わっていたかもしれません。
このように、彼女にとってこの留学は、決して楽しいばかりではなかったはずです。

 別れの日が近づいたある日、私が「アシュリー、あと一月だね」と言うと、「まだ帰らないから別れのことは言わないで。」と答えたのでした。
そんなさびしそうな表情の彼女を私はいとおしく感じました。
今の彼女にとって、一番辛く悲しいことは、大好きになった日本を離れ、何よりも日本で出会ったかけがえのない友人と別れることなのです。しかしながら、アシュリーが感じているこの悲しみは、いかに日本での生活が充実し、思い出深いものであったかを物語っているのではないでしょうか。

 アシュリーが帰国の途につき、あの明るい笑顔が教室で見られなくなった時、私たちはこの別れのさびしさを強く実感するのかもしれません。

2009年9月 2日 (水)

【第99回】留学とは…

 今日、交換留学生としてカナダから女の子がやって来ました。
彼女は1年間遊学館で日本語、日本の文化、それ以外にも多く学ぶことになります。
自らが生まれ育った土地を離れ、家族や友人と別れてきた彼女には、寂しさや不安な表情は全くなく、新しい土地での生活に期待を膨らませていることが手に取るように感じられました。

 彼女の姿を見ていると、私自身が大学時代にアメリカで過ごしていたことを思い出しました。
念願だった留学が現実となり、意気揚揚とアメリカへ向かいました。
しかし、期待とは裏腹に英語が思うように話せない、聞いても理解できない、英語を勉強しに来たのだから、アメリカ人以外とは話したくない。新しい文化には馴染めない、食べ物は油まみれ、待てどもバスは来ない…。なんでこんなところに来てしまったのだろうという、後悔ばかりの毎日が続きました。

 そんなある日、同じ授業を受けていた韓国人の女の子が話しかけてくれました。
「私のアパートでパーティーをするんだけど来ない?」
そう誘われて、おもいきって行ってみました。そこには、彼女をはじめ、アメリカ人、ブラジル人、トルコ人、アラブ人など様々な国の人たちが来ていました。

 そこで、私の留学生活を大きく変える出来事が起こりました。
それぞれ国籍も言語もちがう10人余りの人々が、英語というひとつの言語でつながっているのです。ある時は一斉に大笑いし、ある時は、真剣な表情で相手の話に耳を傾ける。またある時は、共感し、大きくうなずく。言葉の持つ力を心の底から実感した瞬間でした。言葉が通じれば、心も通じあえるのです。心が通じれば共感が生まれ、喜びにつながるのです。

 このことをきっかけに、私のアメリカ生活は大きく変化しました。
自分から、多くの人たちに話しかける、聞き取れなくても何度も聞き返す、新しい文化も受け入れるように努力する。それからは、多くの友人ができ、会話も上達していきました。たくさんの人たちに出会い、様々なことを学び、私の人生にとってかけがえのない経験となりました。

 1年間というのはあっという間で、別れの時が近づいたある日のことでした。
初めて、私をパーティーに誘ってくれ、ずっと仲良しだった彼女は私に言いました。
「私は、おじいちゃんに小さいころから、日本人とは仲良くしてはいけない、日本人は韓国人にひどいことをたくさんしてきたんだよ、といわれてきたの。」
「でも、ここで、あなただけでなくたくさんの日本人に出会えて本当によかった、私は日本人のことが好きになれたから。」

彼女のその言葉を聞いたとき、”留学”という言葉の本当の意味を知ったような気がしました。留学とは、その国の言語を学ぶこと、と思っている人は少なくないと思います。しかし、留学とは言語や文化を学び、そこから、心を通わせ、お互いを理解し合うことなのかもしれません。

 今回、カナダからやってきた彼女にも、1年を通し、自分にとっての留学の意味を見つけてもらいたいと願っています。

2008年11月 5日 (水)

【第62回】デコレーション奮戦記

担任:『みんな、学園祭企画で、この円筒校舎をデコレーションケーキにしない?』
生徒:『・・・・。』(この先生、何を言っているんだろう、という雰囲気)
担任:『みんなが勉強しているこの校舎は54年前に建てられて、それが来年取り壊されるんだよ。だから感謝の気持ちを込めて、バースデーケーキみたいに飾り付けしたらどうかなぁって思って。』このように、生徒たちの協力が得られるのかもわからないまま動き始めた企画でした。

牛乳パックの回収を全校生徒に呼びかけ、2500枚もの牛乳パックをつなげた壁面の生クリーム、チョコレート板に見立てられたメッセージボード、直径2メートルのいちご。これらの巨大なパーツを作るのに要した時間や、生徒たちの労力は想像以上のものでした。役割ごと、グループに分かれ汗とペンキまみれになりながらの準備が続きました。

その中で最も印象深かったことは、猛暑の中、牛腸先生、女子生徒2名と共に、いちごの枠組みを作るための竹を切り出しに行ったことでした。足を踏み入れるのをためらうほどの、うっそうとした竹やぶの中に分け入り、10本もの竹を切りトラックへと積み込みました。全ての作業が終わった生徒の手足は、大きな薮蚊に刺され、真っ赤に腫れていました。この時、とんでもない企画をしてしまったという思いと同時に、なんとか成功させなければならないと実感したのでした。

各々のグループが協力しあって完成したパーツを屋上へ持っていき、慎重に飾り付けを行いました。なかでも、大粒の汗を流しながら、声を掛け合い重く巨大ないちごの吊り下げ作業をしている生徒たちの姿は、企画当初からは想像できないほど生き生きとしたものでした。それにつられるように、ひとり、またひとりと作業に加わり、いつしかクラス全体がひとつになっていました。

そして、本校の美術教諭である本山先生のアイディアから生まれたデコレーション企画は
1年5組の生徒をはじめ、他のクラスの生徒や、先生方の協力を得て完成しました。テレビやラジオ、新聞にも取り上げられ、多くの卒業生に知ってもらうことができました。

あっという間に2日間が過ぎ、長い時間をかけ完成させた巨大モニュメントを片付ける時が来ました。生徒たちは口々に、『もう壊してしまうのかぁ、もったいないよね…。』と言いながら、屋上へと駆け上がりました。その途端、ポツリポツリと雨が降り出し、やがてどしゃ降りの雨へと変わりました。ずぶぬれになりながらも、生徒たちはまったく気にすることなく、黙々と片付け作業を続けていました。

全ての後片付けを終え、なんて意地悪な雨なんだろう…。そう思っていた私に、ある先生がひとこと。『お疲れさま、きっと、この雨は円筒校舎が別れを惜しんで流した、大粒の涙なんだよ。』その言葉で私の心は晴れ渡り、それと同時に、空もまた美しく澄み渡ったのでした。
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2008年1月30日 (水)

【第24回】私の高校生活

あなたの得意なことは何ですか?
あなたが一番頑張ったことは何ですか?
あなたの目標は何ですか?
どれひとつとっても、胸を張って答えられるものがなかった
中学生までの私。

そんな私を大きく変える出来事。
それは、高校二年生の時のある先生との出会いでした。
何の目標もなく、毎日を過ごしていた私に掛けてくれたひとこと。
「大学は楽しいよ。」
その言葉がなぜか、私の心に大きく響いたのでした。

それから初めて受験勉強というものに励みました。
決して勉強が得意なわけでない私は、
やっぱり私が大学なんて無理なことだよ…。
そう諦めかけたことも少なくありませんでした。

そんなある日、その先生は私をあるところに連れていってくれたのです。
それは、私が目標とする大学でした。
その先生は休暇中で鍵のかかっていた扉を
警備員の方にお願いし、開けてもらいました。
大きな講義室を見たとき、私は絶対にこの大学で勉強するのだ。
そう、強く心に決めました。
それと同時に、私は先生になるんだ。
そんな大きな目標を持ったのでした。

そう心に誓ってから10年。
いま私は、10年前に自分自身が来ていたものと同じ制服を着た生徒と共に、
毎日を過ごしています。
そして、ふとした瞬間、彼らの姿に、当時の自分を重ね合わせることがあります。
そして、みんなは10年後、どんな人生を歩んでいるのだろう…と。

いま、私が胸を張って言えること。
それは貴重な高校時代に目標を持つことの大切さや、努力することの意味を
教えてくれた遊学館で過ごすことができたということです。

あなたが、いま胸を張って言えることはなんですか?

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