2026年2月26日 (木)

【第928回】「からっぽ ~オールアウトのすすめ~」福田 圭一 (保健体育)

先日、ミラノコルティナオリンピックが閉幕しました。
『すべて置いていきたい』 渡部暁斗、自身6度目のオリンピック。
今季限りでの引退を表明している37歳。

勝利者にはキングオブスキーの称号で称えられる。
ジャンプとクロスカントリーで競う『ノルディック複合』

『何も残らないぐらい、すべて置いていきたい』
前半のジャンプを終えた直後に発した言葉。

静かにはっきりと、
『何も残らないぐらい、すべて置いていきたいなと思います』

すべてを置いていくという生き方・・・

最後の一滴まで絞り出す。という覚悟と挑戦に今回1番心を動かされました。
正直、今回は注目されていたわけでも、メダルが大きく期待されていたわけでもありません。
しかし『やり切る』いう決意・・・。

人生の中で『何も残らない』と言えるほどの出し切った日(経験)はどのくらいあるだろうか?
『満開の花が咲くことは無かったですが、最後の花びらの1枚が散っていくまで皆さんに、見ていただけたと思います。この先を行く若い選手たちの道しるべみたいなものになってくれたら』

陸上競技出身の為末大さんも『スポーツは多くの人が勝利者にはなれないが全力を出すという事は自分の限界を知る事になり、本気でやった時に今まで本気でやって無かったことに気づく』と話しています。全力とは新しい自分に出会う為の儀式だと!

話は少し変わりますが、自分の大学時代の友人が先日チームを連れて遊学館に来てくれました。年度末の合宿には多くの強豪校が集まる練習会にも声をかけてくれました。親元を離れて東京で必死に寮生活や様々なことに向き合った『同じ釜の飯を食った仲間』が今の私たちのチャレンジに協力してくれる・・・。一人旅もいいけど仲間と歩む旅もいいなと改めて感じています。『あの時の頑張りが、今に生きてくる』

3年生の皆さんご卒業おめでとうございます。
さあチーム遊学、頑張っていきまっしょい!

※2枚の写真は大学時代(4年生の時です)

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 部活

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 寮生活でのエッサッサ

2026年2月19日 (木)

【第927回】「生成AIで志望理由書をつくってみた」深代 真一 (数学)

 ある生成AIに次のような要求をした。

「金沢市に住む高校3年生です。金沢大学経済学類の受験を考えています。大学のアドミッションポリシーに合わせて、志望理由を400字で作ってほしい。大学に入ったら、観光と地域経済の関係を研究したい。」「現在の観光客による経済効果など具体的な数値を入れてほしい」

 AIが作った回答が次の文章になる。
「私は、観光が地域経済にもたらす多様な効果を経済学的に解明し、持続可能なまちづくりに貢献したいと考え、金沢大学経済学類を志望します。金沢市は歴史・文化資源に恵まれ、2023年度には石川県全体で約774,000件の外国人宿泊者数を含む観光回復が進み、国内外から多くの旅行者が訪れています。市街地の観光集客は依然高水準であり、2025年7月には単月で約41万人が金沢を訪れ、年間を通じて累計2,373万人以上の観光客が訪れるデータもあります。観光は宿泊・飲食・小売をはじめとする地域経済のけん引役となっており、特に文化体験や伝統産業への需要増加は新たな収益機会を創出しています。貴学類で統計解析と地域経済理論を学び、観光産業が雇用創出や所得分配にどのように寄与するかをフィールドデータで検証し、持続可能な経済モデルを提案したいと考えています。」


 具体的な数値もあり、アドミッションポリシーとも合致する立派な志望理由書になったが、読み返すたびに違和感を感じている。それは、「筆者の姿」が見えないことである。生成AIはとても整った文章を作成してくれるが、本来人間が作る文章には表現方法に個人差が出るはずである。その個人差の部分に人間味やその人らしさが見えてくると考えているが、AIの文章からは無機質な情報しか得ることができなかった。

 また、この志望理由書を受け取った大学側はどう感じるだろうか。おそらくだが、AIで作成したことを瞬時に見抜くはずである。見抜いたうえで合格を出している大学なのか、見抜いたからこそ不合格になる大学なのか、差が出るだろう。もしAIに作ってもらった志望理由書をそのまま使っている受験生がいたら、一度立ち止まってほしい。それは自分自身の言葉、想いなのか、自分に問いかけてほしい。現代の高校生には、AIに使われる人間ではなく、AIを使いこなす人間になってほしいと願っている。

2026年2月12日 (木)

【第926回】「小さな違和感の声を聞いていますか?」B. M. (数学)

みなさんは日常の中で、「なんだか引っかかるな」「これでいいのかな」と感じたことはありませんか。
私は、そうした感覚を小さな違和感と呼んでいます。
普段は、目の前のことで精一杯で、その違和感を見過ごしてしまうことの方が多いかもしれません。
しかし、ふとした瞬間に立ち止まったとき、心の奥に残っている違和感に気づくことがあります。
私は、違和感には二つの種類があると思っています。

ひとつは、状況がよくなる方向に向かう違和感です。
「こうしたら、もっと良くなるかもしれない」
「今とは違うやり方の方が合っている気がする」
「少し不安だけれど、やってみたい」
こうした違和感は、今の自分を否定するものではなく、
次の一歩へ進もうとする前向きなサインだと考えています。
新しいことに挑戦するときや、変化を選ぼうとするときには、
ワクワクと同時に違和感が生まれることがあります。
それは、変わることへの緊張であり、今より成長したいという気持ちの表れでもあります。

もうひとつは、状況が悪くなる方向の違和感です。
「このままで本当に大丈夫なのだろうか」
「周りに合わせているけれど、無理をしている気がする」
「友達と考えていることが違うのではないか」
こうした違和感は、心が「一度立ち止まって考えてほしい」と知らせてくれている合図だと思います。

すぐに答えが出なくても、その感覚を無視せず、考える時間を持つことが大切です。
人はどうしても、自分の考えや行動が周囲の環境や人の影響を受けます。
クラスの雰囲気や友人の価値観、「みんながそうしているから」という空気に
流されてしまうこともあるでしょう。
それ自体は、決して悪いことではありません。
人と関わりながら生きていく以上、自然なことでもあります。
しかし、影響を受けた上で最終的にどうするかを決めるのは自分です。

そして、その選択の結果に向き合う責任も、
高校生となった今、十分にあると私は思います。
社会人になれば、この「選ぶ責任」はさらに大きくなります。
だからこそ今、完璧な答えを出そうとしなくてもかまいませんが、
自分の心の中にある違和感を置き去りにしないでほしいと思います。

大きな決断でなくても構いません。
「少し疲れているな」
「これは本当に自分がやりたいことなのかな」
そんな小さな違和感に気づき、一度立ち止まって考えること。
それだけでも、自分を大切にする選択につながります。

心の中にある小さな違和感の声は、

自分らしい選択をするための大切なヒントです。

忙しい毎日の中で、その声を消してしまわずに、ときどき耳を傾けてみてください。

2026年2月 5日 (木)

【第925回】「3年後の私」H. Y. (英語)

 私は時々、「3年先の自分はどうなっていのだろうか」と想像します。勿論、日々に流されていることが圧倒的に多いのですが、時々、履歴書を更新しながら自分のスキルの棚卸をし、もう役立たなくなったものと新しく追加されるものを選別し、これから先、自分に何が必要かを考えます。

 私は大学で数学を専攻し、教員免許は取ったものの、IT企業でエンジニアとして働き始めました。しかし長年勤めていた会社でリストラが始まり、周囲が次々と会社を去っていきました。また当時担当していたお客様の業界の縮小・再編成が続く状況下でそのお客様との次の契約更改に苦戦していました。なんとか直近の契約は取れたものの、3年間という短期の契約となってしまいました。そのとき3年後もし契約更改できなかったらこのチームは一体どうなるのだろうかと不安を覚えました。もし顧客を失い、仕事にアサインされずにベンチで待機する状態が一定期間続くと、リストラの対象となります。将来に不安を感じた私は、短期計画として同業他社への転職を、長期計画として英語教員としての転職を考え、行動に移しました。
 まずは他の外資系企業への転職のため、履歴書に書ける英語力としてTOEICの点数をアップさせ、長期的な目標のために英語教員免許を取得すべく通信教育大学の講座を受講して(他教科免許保持での追加取得なので)1年で取得しました。幸い好条件で転職でき、それまで培ったITスキルと英語力を駆使して忙しくも充実した毎日を過ごせました。まずは短期目標達成です。そんな時、転職前に担当していたお客様が吸収合併されたこと、そして時を置かず、所属していた会社でも組織の再編や切り離しが行われたことをニュースで知りました。3年後どころの話ではありませんでした。そのまま残っていたら大波に飲み込まれてどうなっていたのだろうかと、冷や汗が出ました。勿論、転職先も安定した職場では決してありませんが少なくとも自分が進んで選んだ道なのでチャレンジのし甲斐があります。
 次に転機が訪れたのは母が病に倒れたときでした。月に数回、当時住んでいた横浜から金沢まで新幹線で往復するうちに里心がついたのかもしれません。また、仕事も日に日に厳しさを増し、毎晩続く終電での帰宅に体力・気力ともに限界を感じていました。そんなとき、遊学館高校が英語の非常勤講師を募集していることを知り、即応募しました。数年前に追加取得しておいた英語免許がここで役立ったわけですが、実現したのは英語教師として実績のない私を受け入れてくださった遊学館高校のおかげです。
 今は少し前から「次の3年後」を見据えて色々と試行錯誤を重ねています。歳を重ね、遠からぬ日に遊学館高校を去らなければいけない日が来ます。また、少子化の影響もあり時間数の調整にも対応が必要です。生きていくには健康第一はもちろんですが、年齢に関係なく、先を見据えた新たなスキルの習得やスキルアップ、そして実体験の積み重ねが欠かせません。

2026年1月29日 (木)

【第924回】「馬制作」H. H. (芸術)

 児童文化IIの授業も残り2か月。3年生最後の作品として「馬」を制作することにした。新聞紙を折り曲げて硬い心棒を作り、それを組み合わせて馬の骨組みを作る。次に新聞紙を丸めて肉付けをする。馬らしい立体感と丸みが出てきたら土台が完成。あとは短冊状に切った半紙を、小麦粉と塩をお湯で煮詰めて作った澱粉のりで貼りつけていく。張子の完成だ。21体の白い馬が並んだ光景は爽快感がある。ここまでで2学期終了。

 2026年が幕を開け、60年に1度の丙午の年に、いよいよ白馬に着彩とデコレーションを施す。どんな馬が完成がするか楽しみだ。装飾デザインするにあたって、それぞれにテーマを決めてもらった。馬のタイトルだ。例えば「桜」「クリスマス」など、子供達に馴染みのあるものでと提案したものの、やはり高校生の等身大のテーマがリアルに現れて、それはそれで納得で楽しそうなモノが出てきそうで面白い。楽しいだけでは無く、中には少し意味深なモノも見え隠れしていて、生徒たちの心の奥底にあるいろんなモヤモヤが想像できたりもする。

 3年生の幼教美術の授業も残り2週間、約10か月を通して、将来リアルに現場で役立つ作品を作ってきたつもりだ。卒業制作となる「馬」達が、21体元気に駆け抜けて欲しいと願うばかりだ。

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