2026年7月 9日 (木)

【第947回】「君たちの「今」はタイムカプセル」渡辺 祐徳 (英語)

「スカートが短いぞ!」「化粧を落としなさい!」「授業に集中しなさい!」

先生たちから毎日のように言われる注意は,正直ウザいと思いますか?

女子のスカート丈を短くしているのを注意されたり,メイクのことで声をかけられたり。「はーい」とその場では直すふりをして,先生がいなくなったらすぐ元に戻す……という経験,心当たりのある人もいるでしょう。

正直に言うと,注意する側の教員も,その場ですぐに皆さんが100%納得して,生活態度をガラッと変える,つまり注意した効果がすぐに現れるとは思っていません。人にはそれぞれの発育のスピードや,その時々の周囲との関係,抱えているストレスがあるからです。すぐに言動を変えられないのは,ある意味で自然なことでもあります。
では,なぜ先生たちは,煙たがられると分かっていながら,毎日まいにち声をかけ続けるのでしょうか。

実はそれは,皆さんの未来に向けた「種まき」なのです。

かつて,授業中に寝ているのを注意すると「なんだと!」と突っかかってくる男子生徒がいました。多くの先生とトラブルを起こしながら,お世辞にも「模範的な生徒」とは言えないまま卒業していきました。
しかし数年後,少し大人になった彼がふらりと学校に遊びに来たのです。あの頃の反抗的な態度の理由を聞くと,彼は照れくさそうにこう言いました。
「あの時は,まだ自分が幼かったんですよね」
彼は卒業したあと,時間をかけてあの頃の自分を振り返り,反省できるようになっていました。投げられた言葉の意味を,未来の自分がちゃんと受け取っていたのです。

私はこれを,「教育のタイムカプセル」だと思っています。

今自分に向けられている言葉はすぐには理解できないかもしれないし,どう行動すればいいかも分からない。無意味に感情的になってしまうかもしれない。
でもその言葉が将来,タイムカプセルを開けるように,自分にとって生きたものになるということがあるのです。

私自身も,高校2年生のときにタイムカプセルを埋められた一人です。
当時,東京から赴任してきた男性の英語の先生がいました。隣のクラスから「分からんだと?分からんと言うな!」というドスの利いた大声が聞こえてきて,なんて理不尽で怖い先生なんだとビクビクしていました。
翌年,実際にその先生の授業を受けることになり,生徒が「分かりません」と答えるたびにあの大きな声が響きました。当時は「分からないから分からないと言っているのに」と軽い反発を覚えたものです。

しかし,自分が教師になってから,その言葉の本当の意味がよく分かるようになりました。
単語の意味は辞書を引けば分かります。教科書の訳も,調べればヒントはたくさん出てきます。先生は,その少しの努力すら惜しんで「分からない」の一言で思考を止めてしまう生徒に対して,歯がゆい思いをされていたのです。
「少しの努力を惜しまなければ前進できる,その一歩を踏み出せ」という,先生なりの熱いエールだったのだと,自分が教える立場になってよく分かるようになりました。

だから今,私は形を変えて,自分の生徒たちに同じ種をまいています。「辞書を引けば必ず分かることがある。勉強は調べればたくさんヒントが出てくる。その一歩を踏み出せ」と。

今,もし皆さんが先生や親の言うことにイライラして,反発したくなっていたとしても,そんな自分をダメだなんて思わないでください。
今すぐ完璧な良い子にならなくていい。大人の正論を今すぐ100%理解できなくていい。
ただ,皆さんが「うるさいな」と思いながら聞き流しているその言葉は,いつか未来の皆さんが開けるためのタイムカプセルとして,静かに心のなかに埋められています。

何年か経って,ふとした瞬間に「あぁ,あの時あの先生は,こういうことを言いたかったのかな」と思い出す日が来るでしょう。
みなさんがそれぞれのタイムカプセルをいくつも開けられる時が来たら,今度はその種をまいてあげられる人になってください。

その時は,私たち教員の「種まき」も大成功なのです!

2026年7月 2日 (木)

【第946回】「毎年恒例の夏休み行事」Y. J. (家庭)

もうすぐ夏休み。
日本の夏は夏祭り、花火大会、海開きにプール開き、お盆親戚が集まったり、お家で花火をしたり、家族旅行をしたり、かき氷を食べたり、と日本には楽しい夏の行事がたくさんありますね。

我が家では毎年の夏の行事を楽しみながら
毎年、ホームステイの受け入れを恒例行事としています。

さまざまな国から日本、石川県に興味がある10代の中学生や高校生が遊びに来てくれます。

金沢の伝統文化を伝えるために兼六園や東茶屋街、21世紀美術館へ行ったり、和菓子作りなどを一緒体験したり、またお家で将棋をしたり、年中行事を説明しながら体験しやすい節分をしてみたりして、楽しんでいます。


みんなそれぞれに
浴衣を着て花火大会に行きたい!
日本のお寿司が食べたい!
日本の家系ラーメンが食べたい!
金沢カレーライス、おでんが食べたい!
日本海を見たい!などをリクエストしてくれるので

私たちにとっては当たり前なことだけど 彼らにとっては特別な日本の文化であること、
また金沢の街を案内しながら、自然豊かで山の幸海の幸に恵まれ、
昔ながらの伝統文化がたくさん残る素敵な場所だなと改めて感じ、大切に残していきたいなと毎年思います。

気がつけば 毎回、我が家の子供たちと仲良く寝転がりなら本を読んでいたり、お互いの伝承遊びを紹介して遊んでいたり、文化の違いを話していたり、相談事をしていたり、数日間で本当の兄弟姉妹のようになっているので お別れのときはとても寂しくなります。

今年は娘の友人である、韓国の中学生がホームステイに来てくれます。
今からどんなおもてなしをしようかなと考えて、とても楽しみです。

皆さんのお家でも毎年必ず行う恒例行事はありますか?

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2026年6月25日 (木)

【第945回】「乾坤一擲(けんこんいってき)」Y. M. (理科)

 この言葉は、私が高校生の時に所属していたバスケットボール部のスローガンです。意味は、「運命をかけて一大勝負をすること」を意味します。サイコロを振って天か地かという、いちかばちかの大勝負をすることから、現在では「一か八かの大勝負」や「決断して勝負に出ること」といった意味で使われます。

構成

  • 乾坤(けんこん): 天と地
  • 一擲(いってき): 一度だけ投げること、サイコロを振ること

由来

  • 中国の唐の時代の詩人、韓愈(かんゆ)が、項羽と劉邦の戦いの様子を評した言葉に由来します。
  • 戦いの後、劉邦がサイコロを投げ、天か地かの勝負で天下を賭けたという故事に基づいています。

 私は、高校生最後の試合で良いプレーができませんでした。チームも目標に届かず負けてしまいました。一生懸命に取り組んできたつもりでしたが、もっと良い準備や挑戦ができたという後悔が溢れ出てきました。試合の前日、同期の仲間が部室の中で「どうせ○○に負けるだろ。」と話しているのが部室の前にいた後輩と私達に聞こえました。後輩が「そんなことないのに。」と言っていたのが今でも記憶に残っています。
 なぜこの内容かというと、サッカー日本代表と代表を支えてる方達、そしてサポーターの方達のポジティブな雰囲気を拝見し、本気で優勝を目指しているんだなと感じ、昔を思い出し、この内容で書くに至りました。

 これから先の人生、それぞれの道で一大勝負をすることがあると思います。その時のために、これからも、今からでも良い準備をお互いしていきましょう。
 優勝だ日本!!

2026年6月18日 (木)

【第944回】「生徒のエネルギーを発散する機会の増加を期待」Y. M. (地歴・公民)

 3年前にこのブログを書いていたのを思い出しました。


 6月から7月にかけて、インターハイ石川県大会サッカー決勝→体育祭→高校野球石川県大会と全校生徒が一体となる機会が続きました。
 サッカー部のインターハイ石川県大会は残念ながら、健闘しましたが準決勝敗退でしたので全校応援は叶わなかったですが、11月の選手権大会での飛躍を期待しています。
 体育祭は、前日の応援練習から3年生が中心となり、どの団も下級生を引っ張っていました。
 7月に開幕する高校野球石川県大会では、選手のプレーが応援に気持ちが乗り、応援が選手のプレーに乗って一体感をつくりだし甲子園出場を果たしてほしいです。
 3年前にブログで示した以下の言葉が改めて、自分自身の心に刺さりました。

   人は誰かを応援する→誰かに感謝される気持ち
   誰かに応援される→誰かを感謝する気持ち


 こんな思いを一人でも多くの生徒や先生が感じとれる機会が増えればいいなと思います。
 応援する側としては、見えているところは非常に少ないかと思います。目標に向かっている人たち、それを周りでサポートする人たちは想像できないぐらいの努力も葛藤もあるかと思います。
 その努力をした美しい姿を一つでも多く触れる機会があることを望んでいます。
 サッカーのワールドカップも開幕して、日本を背負って世界大会に臨んでいる人たちに対しての応援しようとする国の一体感もさらに高くなりそうな気配がします。
 このブログを書きながら、本校運動部やサッカー日本代表の活躍に一体感となることを期待しながらも、日常の小さなことから感謝する、感謝される思いが広がっていけるようにしていきたいです。
 それがそれぞれの一体感や責任感にもつながるのではないかと思います。

2026年6月11日 (木)

【第943回】「原動力」Y. H. (数学)

 教員生活が長くなるにつれて、これまでに関わった生徒の数は年々増えていきます。私が勤める遊学館高校は私立学校ということもあり、教員の異動が比較的少なく、多くの卒業生が年間を通して学校に顔を出してくれます。なかには、自分の子どもを連れて元気な姿を見せに来てくれる卒業生もおり、その姿を見るたびに格別の喜びを感じます。

 再会する卒業生たちは、高校生だった頃とはまた違った、すっかり成長した姿を見せてくれます。進学先や就職先、あるいはそれぞれの家庭で充実した日々を送り、自分らしく歩んでいることが伝わってきます。

 卒業生とのつながりは、学校の中だけにとどまりません。子どもの保育園の先生や習い事のコーチから「遊学館の先生ですよね?」と声をかけられ、教え子たちの活躍を知ることもあります。また、友人から「職場に遊学館の卒業生がいるよ」「とても頑張っているよ」と聞くこともあり、本当にさまざまな場所で、教え子たちが社会を支える一員として活躍していることを実感します。

 教え子たちの頼もしい成長や活躍に触れるたびに、教師という仕事の素晴らしさを改めて感じます。彼らの姿は、私に多くの元気と励ましを与えてくれるとともに、これからも生徒たちと真摯に向き合っていこうと思う原動力になっています。