2022年9月15日 (木)

【第747回】「ボランティア活動」牛腸 尋史 (英語)

 昨年度後期生徒会で、「生徒と社会をつなぐ活動の計画」という活動目標を掲げることになりました。その実践として、今年度から校外でのボランティア活動に取り組んでいます。6月には総合支援ボランティア団体GRANDEさんと協力して犀川河川敷の花壇整備、7月には羽咋市での海岸清掃を実施して約40名の生徒が参加してくれました。普段何気なく見ている花壇も多くの人が関わってきれいな花を咲かせていることや、よく見るとゴミがたくさんあることにも改めて気づかされました。また、海岸清掃では、2時間弱の活動で30袋以上のゴミを集めることができました。一緒にゴミ拾いをしているときに、ひとりの生徒が「自分たちがゴミを集めことには限界があるけど、自分がゴミを出さないことはできるかな」と言っていました。ボランティア活動は、「何かをしてあげる」というものではなく、関わらせてもらったことで自分の意識や行動を変える良い機会になっていたようです。その言葉を聞けただけでも、この活動を計画した甲斐があった思えた瞬間でした。これからも、金沢マラソンや街なか清掃、花壇整備などの様々なボランティア活動を計画しています。

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 花壇整備の様子
 

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 海岸清掃の様子
  

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海岸清掃で集められたゴミ

2022年9月 8日 (木)

【第746回】「遊学館高校 理科部の活動」T. M. (理科)

 毎週、火曜日と金曜日の授業後、理科室で活動中です。
 大きなイベントは春と秋の年2回、理科部総合文化祭行事として『高校生のための実験・実習セミナー』が行われることです。 春の内容は小松市にあるサイエンスヒルズこまつで普段、できない実験を行ったことです。今年は四ケ浦 弘先生による石英の石同士を勢いよく擦り合わせることで発光する現象実験、また蓄光テープにブラックライトを当てるとその後、光続ける現象など、40歳を過ぎた私も知らないことが連続の実習が行われました。
 夏休中には金沢工業大学で水蒸気蒸留を使ってオレンジの皮から「リモネン」、クスノキの葉から「カンフル」を抽出する実験を行いました。顧問としては遊学館にはない実験器具での実験体験なのですごく有難い事です。
 理科部の活動は生徒中心でやってみたい・作ってみたいことをやっています。
ペットボトルロケット作成・リヒテンベルク図形作成・ゴミ袋の熱気球の作成・ゾウの歯磨き粉実験・アンモニアの噴水実験・テルミッド反応など生徒から意見を挙げられ、現段階ではペットボトルロケット作成・リヒテンベルク図形作成とゴミ袋の熱気球の作成が達成されました。
魅力を感じたり、興味を持った生徒は是非、理科室を覗いてみてください。
 2022年度の文化祭ではリヒテンベルク図形作成を無料で体験できます。(人気があれば毎年やります。)
下の写真にあるリヒテンベルク図形は木に強い電圧を与え、木目や細胞壁を伝わって火花が移動してできた模様です。同じ図形は出来ないのでオリジナルです。
 楽しい実験だけが部活ではないので時には、データを出すために何度も同じことをしたり、自分の意見を発表する場合もあります。顧問としての技量の少なさを感じることもありますが、生徒と二人三脚で頑張っています。

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  ↑石英の発光     ↑水蒸気蒸留装置(オレンジの皮からリモネンの抽出)

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  ↑リヒテンベルク図形・・同じ条件で電圧を与えたものですが、同じ模様がないのが特徴です

2022年9月 1日 (木)

【第745回】「遅れている?!日本の〇〇教育」窪 泉 (保健体育)

 ICT教育、英語教育、マネーリテラシーなど、海外では当たり前のように行われている教育が、日本では遅れているものがいくつもあります。その中のひとつが、「性教育」です。
 日本では小学校3,4年生の保健の授業で初めて月経や射精について学びますが、海外では小学校1年生から、なんとオランダでは0歳から始められているとも言われています。ということは、性教育はまず家庭で行われるということが分かります。
 一方で、昨年度私が担当した2年生の4クラスを対象にアンケートを行いました。その中で「将来自分の子どもに性教育を教えたいと思うか」という質問に対して、下記の図のような回答の結果になりました。(2年生4クラス分、回答数:121)

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 この結果から、自分の子どもに性教育を教えたいと思う生徒は3割にも満たないことが分かります。おそらく、生徒自身も自分の親や家族から性教育を教わってないのではないかと考えられます。
 私たち大人の立場からしても、「性教育」と聞くと何となく恥ずかしいような、蓋をしたいような、できれば避けたいような、そんなイメージかもしれません。大人が秘密にするもんだから、「聞いちゃいけない」「恥ずかしいこと」と子どもも思ってしまうのではないでしょうか。
 これからの時代を生きていくうえで、最も怖いことは無知なことです。ますます情報化社会が進む中で、正しい知識を身につけておくことは非常に重要だと考えられます。これは性教育においても言えることであり、性教育先進国のオランダは、15歳までの性行為体験率は40か国中36位と低いのです。私は保健体育科の教員として、生徒たちがいずれ子どもを産み育てるようになったときに、性教育を教えたいと思える授業を目指していきたいと思っています。

202209012_4  ←おススメの本です。
フクチマミ・村瀬幸浩:「おうち性教育はじめます 一番やさしい!防犯・SEX・命の伝え方」,株式会社KADOKAWA,2020

2022年8月25日 (木)

【第744回】「U-18全日本フットサル選手権大会を終えて」K. R. (地歴・公民)

 8月4日〜7日までの4日間、三重県にて行われた「U-18全日本フットサル選手権大会」に参加してきました。

 結果、決勝戦まで勝ち進むことができましたが、決勝戦当日、コロナ陽性者が出てしまい、決勝戦を行うことが出来ませんでした。
 しかし、両校優勝という結果となり、『日本一』になることができました。

 『サッカーとフットサルの融合』をコンセプトに、フットサルにも力を入れて取り組み始めた結果が、少しずつ形となってきているなと感じます。

 ただ決勝戦を行えなかったことで、対戦相手のペスカドーレ町田、大会運営の方々には大変ご迷惑をおかけしてしました。

 私自身も、決勝戦特有の雰囲気の中でプレーをすること、勝って泣くのか、負けて泣くのか、そういった勝負の場で、選手が何を感じて、どう成長するのか、楽しみだったので非常に残念な思いです。

 しかしこの大会を通して、貴重な経験を出来たことに間違いはありません。
 この経験を活かし、9月から始まる「北信越プリンスリーグ」残留へ、「高校サッカー選手権大会石川県予選」初優勝を目指し、これからも選手と共に戦っていきたいと思います。
 応援宜しくお願い致します。

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2022年8月18日 (木)

【第743回】「それって何の役に立つん?」K. M. (英語)

 私は数学が苦手だ。思い返せば小学1年生の通知表には「計算が苦手」というようなことを書かれているのを見た両親が絶句していた。当時母は小学校の教員で父は特別支援学校の教員。父は小学校での勤務経験もあったのだがそんな2人も小1の段階でそんなコメントを貰った生徒を見たことがないと…。
 そんなだから中学生になっても当然数学なんて理解できるはずもない。その時には中学校で理科を教えるようになっていた父は時々私の勉強を見てくれていた。が、私があまりにできなさすぎて父は絶望と失望、そして怒りを爆発させてある日「もうお前には教えへん!!」と言って二度と私に勉強を教えようとはしなくなった。勤務校では温厚な教員として知られていた父だったが、わが子の話となると別だったようだ、父がブチ切れたことに私は驚いた。
 けれども私は思っていた。必死になって数学なんてやる必要があるのだろうか。父は熱くなりすぎじゃないだろうか。だから数学ができなくてもさほど気に病むこともなく、高校受験は内申書と英語と作文、面接の4つだけで済む高校を選んだ。だって私の人生に数学は必要ないから。
 高校に行っても同じ調子だった。とにかく国語と英語が得意だったので卒業後の進路は文系の学部しか考えていなかった。定期試験で数学の赤点を取っても進級にかかわるほどのこともなかったのであまり気にしていなかった。もともと大学は一般入試で文系の学部を受験するつもりだったので内申書を気にする必要もなかったのだ。得意な国語と英語の点数を上げるために時間を使う方が有益に思えた。大手予備校の模擬試験で200点満点中5点程度しか取れなくても平気だった。だって私には国語と英語があるもん。数学なんていつ使うん?
 卒業後は関西の私立大学の文学部に進学。大学の文学部の授業に数学に関するものは一切なく、いよいよ私の数学不要論は確固たるものになっていった。なーんや。やっぱり数学なんていらんやん。簡単な計算さえできたら生きていけるし。
 確かに大学での4年間はそうだった。が、就職活動をしようとして驚いた。一般教養に数学の問題が出る??数学って一般的な教養の一つやったん??私は一般的な教養がないまま大人になってしまったってこと!?
 そうなのだ。数学は大人として働くために必要な教養の一つだったのだ。私は人生経験も働いた経験もないくせに、小さい頃から「数学なんて人生の何の役にも立たない」と勝手に決めつけて苦手なものから逃げていただけなのだ。そしていよいよ大人として社会に出ようという時に思い知らされたのだ。数学は必要なのだと。
 先日『大河への道』という映画を観た。江戸時代に伊能忠敬が日本全国を歩いて測量し日本地図を作ったという話は私も知っているが、それは間違いだったということを中井貴一さん演じる1人の千葉県の市役所職員が気づいてしまうことから始まるお話だ。
 その市役所職員が松山ケンイチさん演じる部下と海岸線を歩いて測量するシーンがある。そこで彼は測量には三角関数が必要だとその部下に言うのだが、部下は三角関数が理解できずに話が通じない。その部下も私と同様数学から逃げて大人になったくちだったのだろう。
 去年少し話題になったSNSの中にハーバード大学の生物学者さんが学生の頃に電車の中で数学の問題集を開いていたら見知らぬおじさん(どうやら職業は大工さん)から「三角比はやっとけ。」と言われたというエピソードがあった。その生物学者さんは当時数学が苦手だったそうだが、今となっては三角関数を毎日使っているそう。それに対するコメントなどを読んでみても、やはり大人になって自分が就いた職業で思わぬ知識が必要となり慌てたり、あるいはその知識があってよかったと思ったりすることが分かる。
 苦手なものからは逃げたい。その気持ちは避けられない。けれどもその苦手なものが必要かそうでないか。それを子どものうちに決めつけてしまうのは時期尚早だ。人生始まったばかりの若造にわかることなんてほんの一握りのことなのだ。タイムマシンがあればあの頃の私にそう言ってやりたい。
 けれどもそんなことはできない。せめて現役の子どもである皆さんと私の2人の子どもにこの話を送りたい。