【第777回】「努力し続けるという才能」西村 美恵子 (英語)
今年三月、卒業した生徒の中にジョンソン モゲニ君がいました。彼は、当校二人目となるケニアからの留学生であり、私にとって日本語を教える初めてのケニア人生徒です。昨年の高校インターハイでは5000メートル第3位、全国高校駅伝では区間3位…その活躍は新聞に写真入りで報じられるほどでした。彼の活躍を見るにつけ、私は彼が持っている、努力し続ける意志の強さと自己管理能力の高さに驚かされ、感動させられてばかりいました。そのようなジョンソンとの日々で感じたことをお話ししようと思います。
コロナ渦中で来日が予定通りに進まず、彼が金沢にやって来たのはもうみぞれが降るような11月でした。彼の第一印象は恥ずかしがり屋で大人しく真面目。授業にも熱心に取り組んでくれました。母語の次に、子供の時から学ばなければならなかったスワヒリ語と英語を学び、更に異国の地へとやってきて自身にとって4つ目の言語である日本語を学ぶ彼に言語を学ぶ理由を尋ねてみると「使う必要があるから」という答えが返ってきました。彼にとっては至極当然な事なのかもしれませんが、日本に住み日本語さえ使えれば生きていける私たちとの大きな差異を感じ、忘れられないほどの衝撃を受けました。
慣れない土地での暮らしが始まって早々に金沢特有の寒さや悪天候の洗礼をうけ、彼は風邪をひいて熱を出した事がありました。幸いすぐに元気になったのですが、驚いたことに熱が下がった直後に早朝の自主練習を再開したのです。週6日、朝6時前から10kmほどのランニング。それも単に走るだけではなく、その日の目標タイムを決めたり、走り方を変えたりするような練習だということでした。そしてそのような自主練習は卒業まで続きました。又、筋力トレーニングではケニアでしていたものと日本のそれとはどう違うのかを考え、うまく両方を取り入れている姿が見られました。
また体調管理に関する知識もとても豊富で、アスリートとして日常生活で何が大切であるかをよく話してくれました。例えば日頃白米をあまり食べないが、(実のところ、日本のお米はねばねばで好きではないとのことで)大会が近づくと糖質をたくさん摂取するために白米を食べると。長距離ランナーの常識だろうけれど、食習慣が全く違う国にいて、ストレスも多いだろうに、食べるということに関するストイックさは食いしん坊の私から見れば頭が下がるおもいでした。でも時には週末には尞でケニア風料理を作って食べているようでした。
恥ずかしがり屋のジョンソンが2年生の頃から新聞等のインタビューを受けるようになり、大急ぎで日本語での返答の練習をしたことなどは楽しい思い出ですが、彼が気に入っていた返事は「まずまずです」で、彼の謙虚さとともに意識はもっと高いところを目指していることがわかる気がしました。
3年生最後の京都駅伝の前に、私は彼に、「努力し続ける才能があるねー」と言いました。3年間彼を見続けて、素直にそう感じていたからです。すると彼は、「これは才能ではなくて、向上心です。毎日毎日より良い走り、より速い記録を心掛けているだけです」と答えました。私が感じた彼の“努力し続ける才能”は彼にとっては“向上心”であり、その“向上心”を支えているのは彼の自尊心と、家族に楽な暮らしをさせてあげたいという切なる願いであるからこそ、自分と家族のために向上心を持ち続ける事ができる事もまた一つの才能なのではないかと私は思っています。