2014年8月 7日 (木)

【第339回】 資格を取るぞ!Te. Y. (英語)

「『資格』と聞いて、思い浮かぶものは?」
英語検定、漢字検定、簿記検定、
ほかにも、保育士、医療事務、調理師、理容師、看護師など。

「資格って、持ってなきゃいけないの?」
保育士になりたいなら保育士の資格が、経理の仕事をしたいなら簿記の資格が必要です。
仕事に直結しなくても、英検2級と履歴書に書いてあれば、就職の際有利な場合もあります。
将来、履歴書の資格の欄に、何も書くことがないのは寂しいですよね。

私はこの夏、「学校図書館司書教諭」の資格取得を目指し、勉強しています。
7月に放送大学から教材が届きました。
300ページほどの厚い教科書が5冊も!
そして、7月22日にはテレビやラジオ授業がスタート。

ところが、3日目には遅れが出始めました。
仕事や家事、育児にプラスして、毎日5時間の勉強は正直きついです。
それが15日間も続くなんて、恐ろしい。
でも、頑張るぞ!

「お母さん、夕飯いつ作るん?」と、息子に急かされ、
「テレビの授業つまらんし、アニメ見せてや!」と、娘に文句を言われ、
「受講料6万円の元は取れるんやろうな。」
と、主人に責められながらも、まもなく締め切りのレポート作成に追われています。

教える立場から教わる立場になり、気づいたこともあります。
先生がただテキストを読んでいくだけの授業もあれば、
優れた学校図書館の取り組みをビデオで特集した、わかりやすい授業もあります。
「こんな授業は退屈だな。」とか「こういう活動はメリハリがあっていいな。」と、
自分の授業を見つめなおす良い機会になりました。

遊学館高校にも、資格取得を目指して頑張っている生徒たちがいます。
英語検定に挑戦するも、「合格まで、あと1点足りませんでした~!」と、悔しさを報告に来る2年生や、
「絶対、柔道整復師の資格をとります!」と、将来スポーツトレーナーを目指している3年生もいます。

皆さんも、自分磨きのひとつだと思って、将来の自分への投資として
この夏何かに取り組んでみませんか?

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2014年7月31日 (木)

【第338回】 引退試合T. Y. (地歴・公民)

 一ヶ月ほど前の話になりますが、6月24日火曜日、県立野球場において遊学館高校野球部の3年生部員のなかで、残念ながら、メンバーに入れなかった選手たちの引退試合がありました。相手は金沢学院東高等学校。相手の選手たちも、メンバーに入れなかった選手たちです。

 日が落ちかけてきた、午後5時50分ごろにプレイボール。スタンドには、多くの在校生、教員やOB、OG、そして保護者の方々が観戦にきておりました。
 毎年恒例となっている引退試合が、練習試合や公式戦とただ一つ違うことは、各選手がバッターボックスに立つと、電光掲示板に、それぞれの選手のコメントが表示されることです。

「お父さん、お母さん、ありがとう。僕の野球人生最後の試合です」
「お父さん、お母さん、18年間支えてくれてありがとう」

 両校ともに、多くの選手たちが親への感謝の心を伝えていました。スタンドには涙を流してらっしゃる方がいらっしゃいました。おそらく、グランドに立っている選手のお母さんだと思います。

 年頃の男子生徒が面と向かって、親に感謝の気持ちを伝えるのは照れ臭いことだと思います。私自身がそうでした。
 勝っても負けてもこれが最後の試合。その試合を通して、親に感謝の気持ちを伝える。何と素晴らしい試合でしょうか。

 試合終了後、両校の選手、生徒たちが、ゆずの『栄光の架け橋』を歌っていました。恥ずかしながら、涙がでてきました・・・。

 引退試合に出場した選手は、メンバーのサポートにまわり、共に全国の頂点を目指していくそうです。

 私はこのコラムを7月18日に書いております。そしてホームページに掲載されるのは、7月28日の予定です。試合日程が順調に進めば、27日に甲子園への切符を手にする高校が決まっています。

 今年はどのような結果になっているのでしょうか。遊学館高校が優勝、そして、全国の頂点に立つことを信じております。

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2014年7月25日 (金)

【第337回】 変化万歳辻元 友視 (英語)

 私は、遊学館に来る前は中学校で勤務していました。なので、遊学館に来て中学校での教え子と再会するということがあります。久しぶりに会う教え子は、中学校のころから比べるとやはり大人になったなあと思う部分が多く見られ、嬉しい限りでした。その中でも、ある男子生徒T君について書きます。

 私は、Tくんが中学2年生のときに英語を教えたことがあり、そのあと彼が遊学館に入学してきて再会ということになりました。彼は部活動で秀でたものがあり、中学校でもリーダーシップを発揮してがんばっていました。高校生活も部活動中心になるのかなと思っていました。入学当初は、中学生のときと変わらない彼でしたが、ある時期を境に別人のように勉強し始めました。そんな彼のがんばりに比例して成績もどんどん上がっていき、今も目標に向かってがんばっています。失礼ながら、中学生のときを知っている私から見ると考えられない姿でした。

何が彼を変えたのか。

 彼の話を聞いていると、彼を変えたのは「俺もやればできる」という自信でした。苦手だと思っていたものが、がんばってみると結果につながったことが彼の自信になったのだと思います。私が彼に何か働きかけたわけではないですが、彼のがんばりや成長は自分のことのようにうれしいです。

 普段の学校生活の中には自分を変える「ちいさなきっかけ」がたくさんあると思います。そのきっかけをつかむにはそのきっかけに目を向けること。何事にも無関心では、自分を変えられません。小さなことからがんばってみましょう。変化万歳。いい意味で、今までの自分を裏切ろう。Tくんを含め変わろうとがんばっているみなさん、応援しています。

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2014年7月17日 (木)

【第336回】 生活習慣を変える戦いT. H. (数学)

 40年ぶりに、家事をすることになった。突然家内が実家に帰ってしまったのである。母親が入院をしたためだ。夜、電話でかなり長期間になるという連絡があった。仕方なく積極的に家事をする覚悟をした。

 それから一か月以上経った。慣れてはきたがまだまだ効率が悪い。家事が下手なのが原因だ。所要時間が読めない。遅い。二度手間になる。先延ばしをすれば溜まる。理想的な生活パターンには程遠い。今は、新しい生活習慣を模索しながら、忙しい生活をしている。家事を楽しむ余裕などない。

 学校では、生徒に「学習中心の生活のリズムをつくれ」と言ってきた。「分からないことはその日のうちに解決せよ」とか、「暗記物は溜めるな」とか、たくさんの指示をしてきた。学習習慣が身についていなかった生徒は、今の私のように苦労しているだろう。しかし、覚悟を決めて積極的に取り組み、学習習慣が身についてきたら、勉強を楽しむことができる新しい自分に出会えるだろう。

 高齢者の私の場合でも、新しい生活習慣を身につけた時点で、少しだけ新しい自分に出会えるような気がする。「勉強を頑張りたい」という目標を持った生徒諸君、ぜひ自分との戦いに勝って学習習慣を身につけ、勉強を楽しむことができる新しい自分を手に入れて欲しいと願う。

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2014年7月15日 (火)

Vol.20 あっ、蝉(セミ)の声だ!松田 淳 (地歴・公民)

私の自慢は、遊学館の職員室の中で最も早く“蝉の鳴き初め”に気づく人間だと。(笑) 
先週の金曜日。遊学館の中庭を囲む廊下を歩いていたときのこと。
ふと、ある鳴き声に気づき、足を止めました。
「あっ、蝉(セミ)の声だ!」
遊学館の中庭の真ん中に大きな榎(えのき)があります。
そこからの蝉の声です。そして、空には夏の青空と白い雲。
「いよいよ、夏だなぁ…」
しばらく、蝉の声を聞きながらたたずんでいました。
そして、今年もあの遠い昔の思い出がよみがえってきたのです。

故郷、小松の梯(かけはし)川の土手を、父親の自転車の後ろに乗せられて走っているあの夏の昼下がりの思い出。
やはり、あの日も、同じ夏の青空と白い雲…。
私の父は肺癌(がん)で亡くなりました。
ものごころがついた時から、父の匂い(におい)といえば、煙草の匂い。
その煙草臭い父の体にしがみつくようにして、自転車のうしろに乗っていたあの日…。
小学校1年生の私は、いつも煙草を吸っている父が嫌いでしたが、あの日はなぜか、その匂いが父に抱かれているような気がして、心地よかったのを憶えています。
ブーンと、小松の飛行場から飛び立った飛行機が白い飛行機雲を描きながら、はるか上空で旋回していく…。
父の背中がとても温かく、なぜか涙が出そうになり、力を込めてしがみつきました。
めったに家族と旅行なんて行くこともないし、父と親子らしく語り合った記憶もない。
その父との唯一最高の思い出がその瞬間だったのです。
今でも、あの青空と白い雲、そして、飛行機雲は忘れません。
土手のまわりは、一面見渡すばかりの田んぼだらけです。木々はありません。
でも、蝉の声が聞こえていました。記憶のなかでも、その蝉の声が残っています。

父が亡くなる前。
癌を患っているゆえ、その姿のあまりの変わりように見舞いにも行きませんでした。
あの温かい背中が日に日に痩せ衰えて、別人となっていく姿を見たくなかったのです。
病院から連絡が来て、息を引き取るときには父の傍ら(かたわら)にいましたが、なぜか涙もでず、客観的に冷静に父を見つめていました。

今、妻と4人の子どもたちと小松の実家の母親に会いに行くとき、小松インターチェンジを下りると父の墓に立ち寄ります。必ず。どんなに急いでいても。
子どもたちは「小松のおじぃちゃん、会いに来たよ。」
「また、来るね。」と口々に語りかけています。
亡くなる前、お見舞いに行かなかった償いと後悔をずっと今でも背負い続けています。

長々と個人的なことを書いてすみません。
夏がやってくると必ず思い出すのです。
青空と白い雲、まっすぐな飛行機雲、蝉の声とともに、温かい父親の背中を…。
自分が4人の子どもたちの父親になった今、あの子たちに何を残しているんだろう。

遊学館の榎(えのき)は優しく私を見下ろしてくれています。
そして、蝉の声とともに、あの父の背中の温かさに包まれているような気がしました。