【第621回】 「敬礼」中川 光雄 (保健体育)
私が顧問をしている野球部から今年度32名の部員が巣立っていった。この中に、私が将来なりたかった職業のひとつである[警察官]を目指した部員が3人もいた。彼らは甲子園で活躍することを目標に、野球の練習に打ち込んでいたが、残念ながら3人ともレギュラーには一度もなれず、公式戦でプレーすることはできなかった。しかし、チームの勝利の為にレギュラー陣と競争する傍ら、これからの野球部を背負っていく新入生の練習を手伝ってくれる心優しい誠実な部員であった。
彼らが進路実現のための本格的な勉強を始めたのは、3年の夏、星稜に敗れて高校野球が終わってからだろう。この時の学力では、「警察官採用試験」の合格は正直厳しいと思っていた。3人にも不合格だった時のことも考えておきなさいと何度も話をしていた。ところがこの3人は、私の予想を大きく覆す素晴らしい結果を残すまでに力をつけていった。夏休みは起きている時間のほとんどを勉強に費やした。2学期に入ると学校では勉強、放課後は体力試験のためにトレーニングを続けた。野球部の朝礼で毎日顔を合わせていたが、日に日に顔つきが凛々しく変わっていくのがわかった。採用試験合格という目標に向かって勉強に打ち込む姿の中に、野球の練習の中で培った粘り強さと不屈の精神が表れていた。しかし、合格のために勉強しているのは彼らだけでなく、警察官になりたい全国の人たちも同じことである。合格発表前日までは3人のうち1人だけでも受かってくれたらと願っていた。合格発表の日、私は期待より不安が多く、不合格だった時のフォローの言葉ばかり考えていた。
結果はなんと3人全員合格だった。
私は卒業式の日、これからそれぞれの場所での活躍を祈念し、部員全員にかたい握手をさせてもらった。この3人にも力をこめて握手した。
〔敬礼〕とは「相手に敬意を表明するために礼をすること」という意味で、下位の者が上位の者に対して行うのが一般的だそうだ。これから3人は警察学校へ入学し、約1年間の研修期間に入る。3人がこれまでと同様に真摯に取り組む姿が想像できる。1年後、社会に出て警察官になる彼らに出会った時は握手でなく、〔敬礼〕させていただく。
世のため、人のために働く卒業生へ〔敬礼〕。