【第476回】 「人生は摩訶不思議」T. E. (国語)
『将来は先生だけにはならないだろうなぁ…』
ほんの数年前、私は授業中にそんなことを思う高3女子でした。それが現在、自分がみんなの前で授業をしている。「はて…先生になるキッカケはなんだったかな?」なんて、先日ふと思い返すと、私の人生には教師の道を選ぶ分岐点が2回ありましたよ。今回は、その分岐点となった出来事についてお話ししようと思います。
分岐点1つ目は、高3の夏休み。キッカケは母の一言でした。
その夏、将来の夢も決まらず、ただ目の前のことをエンジョイするのに必死だった私に、母が「この大学の学部面白そう!ねぇ見に行ってみようよ」とオープンキャンパスに誘ってくれた。「えー」と全く乗り気じゃなかった私でしたが、そこで「図書館司書」という職業を知り、衝撃を受けたのを覚えている。なぜなら、本が好きだった私はそんな職業があるなんて知らなかったから。
『ウワーーこれだ!この仕事がしたい!よし、この大学目指そう』
夏休み明けすぐ、進路変更を申し出た私の将来の夢は、この時点では「図書館司書」でしたが、母のこの一言がなければ今の大学を選ばなかったかもしれませんでした。
分岐点2つ目は、大学2年から友人に誘われボランティアに参加したこと。実はこれこそ、私が「教師」という職業を意識し始めた1番のキッカケでした。毎月泊まりで自然の家に行き、子ども達と一緒にパンを生地から作ったり、いかだを作ったり、鬼ごっこで転げまわり草の味を噛み締めたり…。初めは、「ふーん、行ってみようかな」ぐらいの気持ちしかなかったボランティア。しかし、何度も参加する内に、その魅力に引き込まれました。
中には、接するのが難しい子ども達もいて、どうしたらいいのか悩んで眠れない日もありました。それでも3年間ボランティアを続けられたのは、一緒に過ごした子ども達の笑顔。どんなにヘトヘトに疲れていても、彼ら彼女らの笑顔を見ると不思議と元気が湧いてきました。
『そうか、教師の仕事もいいのかもしれない…』
友人が誘ってくれたボランティアに、もし「行かない」と答えていたら、私は「図書館司書」になっていたかもしれません。「ためしにやってみるか!」という気持ちは、大事だとしみじみ感じました。
これを読んでくれている人の中には、「まだ将来のことなんてわからない」という人もいるかと思います。でも、焦らなくても大丈夫。高校生の自分が「教師になる」という道を考えもしていなかったように、いやーまったく「人生」っていうのは、本当に何が起こるかわかりませんね。
だから、これから体験する出来事、これから自分が感じることから、どうか目を離さないで。
いまみんなが持っているどんな小さな感情も、必ず自分の人生の糧となります。
「こんなの役に立たない」と思っていたことが、案外役に立つかもよ!
そんな「摩訶不思議な人生」焦らずのんびり行きましょう!