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2019年1月10日 (木)

【第561回】 「好奇心」深代 真一 (数学)

 私事ですが、昨年第一子が誕生し子育ての大変さを実感している毎日です。お腹がすいたら泣いて、オムツを替えてほしくて泣いて、抱っこしてほしくて泣いて…。言葉に出来ないので、全力でアピールをしてきます。伝えたい想いがあって、それを何とかして分かってもらおうとする所は大人と同じですね。
 さて、赤ちゃんという生き物はどんなものにも興味を示します。毛布、お箸、雑誌、新聞、音が出るおもちゃ、昔話、童謡、葉っぱ、パーカーの紐など目に見えたもの、耳に聞こえたもの、手で触ったものすべてが気になるようです。すべてのものが新鮮で、機嫌が悪いときを除いて、目を輝かせて毎日を過ごしています。
 大人になるにつれて、いろいろなことを教えられます。自分にとって興味のあることだけでなく、一見無意味に思われるようなことまで。その教育の過程の中で、「これは自分には関係ない」「これは自分にはできないからやらない」と自分で世界を狭めている状況を時折目にします。自分の見える範囲、出来る範囲の世界しか知らなくて本当にいいのかと、とても残念で仕方がありません。すでに時代はSNSの発達により、全世界とのつながりを持つような仕組みになっています。彼らが想像しているよりも世界は広がっているのです。“目に見える範囲”に興味のあることが無いのかもしれない、“今知っている範囲”に面白いものが無いのかもしれない。広い世界のどこかには、彼らを魅了する何かがきっとあるのだと思います。知らずして諦めるなど、とてももったいないですね。
 赤ちゃんのときは新しいものを周りの人から提供され、どんどん世界が広がっていきます。それがとても楽しいのでしょう。あの頃の感覚を思い出すことは不可能です。しかし、想像してみてください。知らなかったことを学び、出来ることが一つずつ増えていくあの喜びを。きっとワクワクしてくるはずです。世界がいままでとはまったく違うものに感じるはずです。新しい一年が始まります。学び多き年になることを願っています。

2017年8月24日 (木)

【第492回】 「続けることで楽しくなる」深代 真一 (数学)

 私は【受験勉強】はとても得意だった。テストで点は取れるし、模試の成績もばっちり。今思うが、頭が良かったわけではない。【受験勉強】が得意だっただけ。勉強自体は嫌いではないが、好きではない。では、なぜ勉強を続けたのか。

 高校時代の私にとって、受験勉強はツール、手段でしかなかった。地元は田舎で、山しかない。この状況から抜け出すには、大学に進学すればいい。そのために受験勉強をしていた。本当の目的は地元を抜け出すためだった。これは、本来の勉強・研究の楽しさに気付く前の話。大学に入ってから、1日中数学の研究をした。不思議なことに、最初わからなくてつまらないことが、毎日見ているうちに、勝手にわかるようになってくるのだ。

 今、高校生の君たちも、もしかしたら勉強が楽しくないと感じているかもしれない。「学校は勉強する場所」という【当たり前】に負けて勉強しているのかもしれない。そんな人は、何か【理由】をつけることをオススメする。
 現実的に、進学のため、就職のためでもいい。勉強できないから就職は間違い。就職した後、雇われ続けるためには頭の回転が重要。そのためにも勉強できなくてはいけない。
 また、友達に勉強を教えるためとか、友達と一緒に勉強するためとか、なんでもいい。

 実は、何事も、量を積み重ねることで、勝手に力が付き、楽しくなってくる。
 最初は楽しくないかもしれないが、続ければきっと楽しくなる瞬間がくる。たくさんの大人が体感しているから真実だろう。少しずつでも勉強し続ければ、間違いなく楽しくなる。

 最初はつまらなくてもいい。それでも少しずつでいいから、勉強していこう。
 きっと、いままでにない楽しさに出会えると、確信をもって断言しよう。