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2015年1月

2015年1月29日 (木)

【第363回】 虹

広島生まれ広島育ちの私にとって、金沢の冬は寒くて雪が多くて、とても辛いです。
引っ越してきてから3年くらいは、どうしてこんなに曇っているのだろう・・・と、いつも思っていました。

でも、金沢の冬には素敵なものがあります。
それは、虹です!!
雪やあられが降った後、急に晴れると、必ずといっていいほど虹が出ます。
ある朝は、虹のトンネルをくぐり通勤。
ある昼下がりは、くっきりと二重の虹。
朝学習中、ふと見上げると虹。 クラスのみんなが静かに勉強している時に、思わず「みんな虹を見て!!」と叫んでしまった。虹を見るとなんだか幸せな気分になります。

辛いと思う中にも何かいいこと、素敵なものはあるはずです。
皆さんも、辛いことの中に何か素敵なものを探してみませんか。

270129

2015年1月22日 (木)

【第362回】 強く生きる

 1月17日、阪神大震災から20年が経ったことがテレビや新聞等で報道され、当時の被災地の様子や現在の様子が伝えられました。この震災は多くの犠牲者を出し、街は変わり果てた姿になりました。震災当初は、「復旧(壊れたものなどが、もとの状態に戻ること。)」という言葉がよく使われていましたが、徐々に「復興(一度衰えたものが、再び盛んな状態に戻ること。)」という言葉を用いるようになりました。この震災で、人々がつらく、悲しく、恐ろしい思いをしたにもかかわらず、「教訓」として、防災や耐震、隣人とのかかわり方など多くのことを学び、前向きに考え、懸命に生きる人間の強さを感じさせます。
 十数年前に卒業した生徒たち数人と年末に会うのが恒例になっています。彼らの大学生活や仕事の話、苦労話などを聞かせてもらっていましたが、最近は父親、母親になった彼らからの新しい話題が増えて、ますます毎年会って話を聞くのが楽しみです。同時に、悩みや心配事を抱えながらも自分や家族のために一生懸命に生きている彼らの姿も印象的です。この数人の卒業生のひとりは、もともと神戸に住んでおり、阪神大震災のあと避災して金沢で生活していました。彼女は卒業後、家族で神戸に戻り、生まれ育った町で暮らしています。そのため、彼女とは毎年会うことはできませんが、会ったときには明るい笑顔で元気に頑張っている姿を見せてくれます。彼女もまた、自分のやりたいことを見つけ、家族や兄弟の世話をしながら懸命に生きています。
 高校3年間の学校生活をともに送り、卒業後はひとりひとりがそれぞれの道に歩みだしています。在校生のみなさんにもこの遊学館高校での出会いや経験をいつまでも大切にして、自分の歩むべき道を見つけ、困難を乗り越えて前進し、強くたくましく生きてほしいと願っています。

2015年1月15日 (木)

【第361回】 箱根駅伝

2015年1月2日、本校卒業生、五郎谷俊君(東洋大4)が4年生にして初めて箱根駅伝に出場した。本校の卒業生として箱根駅伝を走るのは、山本憲二君(東洋大)、福村拳太君(東海大)に続いて3人目である。

五郎谷君は、高校2年次にインターハイ決勝進出、全国高校駅伝1区10位など非常に力のある選手だったが、怪我の影響で3年次は、試合で活躍することができなかった。 その思いを胸に、大きな目標を持って「大学で走る」という道を選んだ。登りが得意だったこともあり、東洋大学へ進学してからも「5区山登り」の候補として期待されていたが、東洋大学は常に優勝争いに加わる強豪校でありメンバー争いも厳しく、代表選考にもれて1年、2年・・・と涙を呑んだことだろう。

その五郎谷君が、4年生にして初めて走るチャンスをつかんだ。中継のアナウンサーから紹介されたコメント、「16人の登録メンバーの中では、僕が1番力がないけど山なら勝負できるし、箱根を走れなかった悔しさは誰よりも分かる」という言葉を聞き胸が熱くなった。そして彼は言葉通り、大学4年間の、駅伝選手として7年間の、集大成となる走りを魅せてくれた。自分の走りがチームの入賞につながったことは、何にもかえがたい宝物になったことであろう。

ブラウン管を通しての先輩の走りに勇気をもらい、後輩たちにとって都大路に向け、あらたな刺激となったようである。自分自身も、また、新しい気持ちで生徒たちと共に目標に向けて頑張っていきたいと思う。

270115

2015年1月 8日 (木)

【第360回】 君かと思いて

 最近は、君かと思いて、という言葉に胸打たれることが多いです。この言葉は昭和時代の映画の題名にとられていたそうで、中学生だったころの夫は、よくおぼえているというのです。
 先月、二学期の古典の学習は、「万葉集」を選んでいました。この「君かと思いて」の出典をみつけることができます。

   帰りける人来たれりといひしかば
   ほとほと死にき 君かと思いて
                <万葉集十五・三七七二>

 ゆるされて帰った人が来ているということだったので、あまりの嬉しさにあやうく死ぬところでした。あなたかと思って。帰ってきたと思った時の歓喜が大きかっただけに、そうでなかった時の落胆の甚だしさが想像される。

 ほとほと死ぬくらい、ドキッとするのです。
 君かと思うのです。
 テレビの前にいても、近くを走る救急車のサイレンを耳にしても、ハッとして、君かと思うことばかりです。自分がそんな年齢になったせいもありますし、この頃の自然災害や人間社会の世相がそうであるからです。
─────人によって、君とは? 老いた配偶者かもしれないし、老いた親かもしれない。
 君かと思いて・・・・私もそう思う自分に気付くのです。

2015年1月 1日 (木)

【第359回】 ステレオタイプ

 二年生の現代文の教科書にステレオタイプという言葉が出てきた。ステレオタイプは、ある集団の中で共通に受け入れられている単純化された固定的イメージを指す。
 たとえば、外国人が日本人に抱くステレオタイプには「日本人女性はやまとなでしこ」「オタク」「寿司を握れる」などがある。しかし、最近は三歩下がって歩くどころか、三歩前を歩くような頼もしい女性も多いし、すべての大人がアニメや漫画に萌えるわけではない。すべての日本人が寿司を握れるとするならば、寿司屋は商売上がったりである。ステレオタイプは、複数ある要素の中から一番イメージしやすい要素だけを取り出して単純化したものにすぎないのだ。
 11月下旬、このステレオタイプについて考え直す出来事が起きた。米ミズーリ州黒人青年射殺事件不起訴の報である。これにより米国社会に根差す人種差別の問題が浮き彫りになった。
 米国の映画やドラマに、黒人と白人のカップルや家族が登場することは少なくない。画面の中の彼らは親しく対等に見える。そのようなものに触れるうちに、無意識に「人種差別はない」というステレオタイプを作り上げてしまっていたのであろう。私はこれを受けて驚くと同時に自らの浅慮を恥じた。

 さて、このステレオタイプを遊学館高校に当てはめるとどうなるだろうか。きっと多くの人は「運動部が強い」「部活動が盛んだ」と答えるだろう。しかし、ステレオタイプに包含されない部分にも努力し活躍している生徒はいる。
 部活動だけではない遊学館高校。これを世に伝えるためには教師生徒相互の努力が必須であろう。

 共に頑張ろう、遊学生!

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