【第353回】 「一生涯学習」光谷 和子 (芸術)
私は2歳から90歳まで、幅広い世代と場所で創作活動のお手伝いを行っています。場所は幼稚園や児童館、公民館、学校、福祉施設、病院などです。
手を動かして何かを形作るという行為は、脳にダイレクトに刺激が伝わります。脳が活性化することによって、さまざまな機能が回復することがあります。そのことを利用して医療現場にも創作活動が取り入れられているところもあり、私はそういう試みをしている病院の患者さんや、心身の回復を目的とした施設で、アート活動の講師をしていました。その時の思い出などのお話をしたいと思います。
私が接した生徒さんの中には高齢の方が多くいらっしゃいました。例えば、脳梗塞の後遺症によって左半身まひの方もいらっしゃったのですが、その方には機能回復のリハビリで水彩画を教えました。腕を動かすこともできず、初めは筆がもてませんし、手が震えて鉛筆の線が引けません。しかしながら何度も何度も回数を重ねるごとに狙ったところに線をつなげて引けるようになり、腕が動くようになりました。同時に、麻痺していた足なども動かせるようになってきました。もちろん機能の回復は、全てが創作活動によるものではないでしょう。しかし、他の生徒さんたちとワイワイ明るい雰囲気の中でみんなで創作活動を行うという行為には心身をポジティブにする効果は確実にあったようです。
認知症を診断された方も生徒さんにいました。その方は自己紹介で「私は脳がちょっとしびれているから、色々とごめんなさいね」と話されていました。なかなか上品で美しい言い回しだなと感心し、職員一同で「私達もボケたらそう言おう!」と和気あいあいで言い合ったものです。
私は講師として技術を指導しに行っていましたが、生徒の皆さんは人生の大先輩方です。会話の中で人生の勉強になることが沢山ありました。その中でも印象深い言葉がいくつかありますので紹介してみますね。
「若い時はスポーツでも活躍して、仕事もバリバリこなしてさ、なんでもできると思っていたけど、それは若さゆえのおごりだった。歳をとると体が動かない、結局最後にできるのは歌か書か絵だね」「60の手習いという言葉があるように、芸術の門をたたくのに年齢制限はない。70歳の今から描き始めたけど80歳になったらプロデビューするよ」「長年、料理教室で栄養バランスを指導してきて、どんなに食に気を付けていても結局最後は病気になった。最後に残された時間は絵と祈りに」「定年退職してからやることがなくなった。趣味を見つけるために絵をはじめた。絵を描くのは高校以来だよ、先生に上手いって褒められたんだ」「長唄の先生を80歳までやってきたけれど、もうできなくなりました。足も悪いしこれからは水彩画を楽します。描いた絵を飾るために家にギャラリーも作ったの」「人の意見に聞く耳をもたんといかん。でないと自分の葬式に人が来ないよ」「絵を描いている人に悪い人はいない、みんな天国に行くよ。先生もね」などなど。面白いものもあれば、考えさせられるものもあります。
みなさんは、高校を最後に美術と触れ合う機会がなくなる人も多いと思いますが、このように歳をとっていくと、最後のほうでまた美術と再会する場があるかもしれませんね。日々、一生涯楽しめるそれぞれの何かを模索して、人生を豊かに楽しんでください!