【第342回】 奇跡の大逆転中川 光雄 (保健体育)
今年の全国高等学校野球選手権石川大会は、星稜高校が8回まで8対0で負けている状況から9回裏に9点をとり、大逆転で甲子園出場を決めました。 奇跡の大逆転といっても過言ではありません。全国的にも話題になった試合でした。
我が野球部はというと、善戦したものの準決勝で敗退しました。今までの先輩方からの成績から比べると今ひとつと思われる方もいると思います。しかし、この大会で我が野球部にも奇跡の大逆転がありました。
我が野球部の初戦。4対3で勝利。9回表に逆転して辛勝。その試合です。初戦の相手は金沢西高校。序盤はこちらのチャンスが多いものの点が入らす、中盤の6回表にようやく先制点を奪ったが、その後はずっと相手のペース。6,7,8回と点数を奪われ逆転。攻撃できるのはわずか最終回を残すだけとなりました。ここで代打攻勢にでます。先頭バッターが初球にセフティーバントを試みるも相手の好フィールディングでアウト。二人目の代打は止めたバットにボールが当たり、ボテボテゴロのアウト。簡単にツーアウトをとられてしまい、完全に相手の流れで最後のバッターを迎えました。
我が野球部は創部以来夏の大会の初戦敗退はありません。創部から13年間で決勝進出が10回(うち5回優勝)。準決勝敗退2回。準々決勝敗退が1回。初戦で苦しみながらの勝利は何回か経験したことがありますが、大会序盤で姿を消したことはありません。この試合は9回ツーアウト、ランナー無しという絶体絶命の窮地に陥りました。
ここで最後となるかもしれない場面で代打に起用されたのが左打者の3年生です。この選手の特長は真ん中からインコースの球をおもいっきり引っ張ってライトにホームランを打つことができることです。しかし、外の球や落ちる球、どんな球でも強引に引っ張ってしまい、凡打を重ねてしまうという悪い癖もありました。この選手は2年生の時から決勝戦でも先発メンバーとして起用され、このチームでも期待していた選手です。これまで数多く出場していたことから対戦相手チームにもよく研究され、彼をアウトにするための配球が確立されていました。この1年間、彼はこの悪い癖をなくすため、全体練習はもちろん自主練習でも打撃練習に力を入れてきました。
この場面、相手バッテリーも最後のバッターを慎重に打ち取るリードをしてきました。絶対に長打を打たせたくない。ましてやホームランで同点は絶対に避けたいので、この選手の得意である真ん中からインコースへはストライクを絶対に投げない。打たれても最低限のヒットで済むアウトコース中心という最高の配球で勝負してきました。ツーストライクと追い込まれ相手スタンドの応援は「あと一人」コールから「あと一球」コールに変わりました。
これまで野球を経験したことがある人はわかると思いますが、最終回に点差が離れて負けていてもノーアウトやワンアウトであれば自分がアウトでもまだゲームセットではない、ということで自分の力を発揮することが可能です。しかし、これがツーアウトしかもツーストライクまで追い込まれ、さらに周りからあと一球コールが鳴りやまない中の打席で、最大限の力を発揮させることは並大抵のことではありません。
この選手は粘りに粘って、最後は外のストレートをいつもならひっかけるところを自然と逆方向のレフト方向に打ち返しました。結果はレフトオーバーのツーベースヒット。あと1本ヒットが出るとたちまち同点という場面に持ち込みました。
極限の状態に追い込まれた場合は今まで積み重ねてきたことが自然と出るものです。というか自然と出るほどまでに、彼はこの1年で見事自分の悪い癖を修正し、この場面で成果を出してくれました。まさしく大逆転です。さらに言えば、この選手が夏の大会でメンバーに入るために与えられたチャンスは大会直前の練習試合における代打での1打席のみ。この場面でも彼は真ん中の球を逆らわずにセンターオーバーのツーベースを打ち、大逆転でメンバー入りを果たしています。
「練習とはできないことをできるようにするために努力すること。できることばかりを続けることが練習ではない」と常々選手たちは私達指導者から言われ続けています。
この選手がこの夏に出した結果はまさしくこのことであり、野球部全員が彼のプレーを称賛しました。この2打席の結果はこれまで彼を支え続けた3年生のサポーターや一緒にプレーしてきた3年生、さらにはその苦悩と努力を見続けてきた下級生の心に響くものでした。
この試合はその後、執念で他の選手も彼に続き、見事に誰一人アウトになることなく、大逆転で勝利しました。今後の遊学館野球部にとって価値のある戦い方をしてくれました。
もうすぐ新チームが秋の県大会を迎えます。この試合を経験し、夏のリベンジに燃えている選手達。自分もこの先輩のように課題を克服し大逆転でメンバーに入りたいと、この夏必死になって練習してきた選手達。いつかはメンバーに入ってやると地道に課題練習を取り組む選手達。そんなメンバー達をしっかりバックアップしてくれているマネージャー達。
この集団で遊学館野球部の新たなる挑戦が始まります。