上田 喜久雄(理科)

2019年2月21日 (木)

【第567回】 博物館へ行ってみよう

 皆さんは科学博物館は行ったことがありますか。修学旅行で東京へ行ったとき、上野の国立科学博物館に行ったかもしれません。金沢で行ったことはないですね、というのも金沢には科学博物館はありません。歴史と文化を売りにしているのに不思議です。ひと昔前、金沢に科学博物館を造ろうという動きがありましたが、結局出来ませんでした。私はたまに北陸大学近くの「自然史資料館」というところへ行きますが、そこは養護学校だった建物を改装しその時に出来たものです。さまざまな標本を保管をしており、その展示も行っています。しかし、バス停から遠く不便だし、大きい展示のできない建物で、ここを科学博物館というのは少し無理があります。
 知りたいことがあれば本を読むとか今ならネットで調べればでている、何も博物館まで行かなくてもよいという考えもあります。しかし、古いことわざに「百聞は一見に如かず」とありますが、図書館に行くのと博物館へ行くのは別のことです。天気予報には難しい気象学の知識が必要ですが、複雑なジェット気流を再現する「偏西風波動の再現実験」というモデルがあります。初めて見たときは驚きました。科学のあらゆる分野には有名なモデルがあり、初めて見た驚きや感動が次の進歩を生み出すものだと思います。博物館の展示は、来た人が驚き感動するよう、好奇心や興味を抱いてもらうような工夫がされています。今科学博物館を訪ねれば、たとえば東京臨海副都心にある「日本科学未来館」も、見学者の好奇心を刺激するようないろんな工夫がされています。
 金沢市内にはたくさん美術館や博物館があり、ちょっと数えただけで15は超えます。遊学館高校のある本多町界隈には特に集中しています。皆さんにもそれらの中から興味があるものに足を運んでほしいと思います。そして、やはり科学博物館がないのは物足りないのであればよいと思います。

310221_2全自動運転されている「ゆりかもめ」から見た東京未来科学館

2016年9月23日 (金)

【第444回】 山の不思議

 山歩きでのことを書こう思うが、途中の景色や高山植物の花が咲いていたという話ではない。不思議な体験をしたという話である。
 前任校にいたころ、夏休みに北アルプスの常念岳に上った時のことだ。久しぶりの山行で、一人で登山客に人気の表銀座を歩く計画を立てた。朝8時に、一の沢の登山口から登りはじめ、午後1時ころに常念小屋に到着、一休みして3時半から常念山頂に上ろうと小屋を出た。荷物もないことだし、頂上まで1時間もかからないだろう。ゴロゴロした石とハイマツのなだらかな斜面には、同じく山頂を目指す登山客も前を歩いているのが見える。だんだんと体力は落ちており、午後の登山は足にこたえてきており、前を行く登山客からどんどん引き離されていることに気が付いた。そうこうするうちに雲が出始め、山頂が見えるところまで来たときには、他の登山客はすでに下山するところだ。頂上までは自分の他には誰もいない、心細くなってきた。
 もう少しで頂上というところまでたどり着き、青息吐息で人の体くらいの岩石に手をかけた、ちょうどその時のことである。今から数万年前、銀河のはるか向こうで巨大な恒星の一つが、星の命を終えようとしていたと想像してほしい。すんなりと暗くなって衰えていく代わりに、大爆発とともにその終焉を迎えた。これが超新星爆発である。その星をなしていた物質は、ほとんどが原子のかけらとなって、超高速で宇宙に放り出された。そして今、一つのかけらが太陽系の第3惑星に届き、いき絶え絶えの中年登山客の脳髄を貫通した。彼の脳髄は何ら損傷を受けてはいない。ただし、一つの神経細胞のシナプスの小胞に影響を与えたらしい。シナプス小胞からアドレナリンが放出されて、目覚めたように彼は頭を持ち上げた。眼の前に、西に傾いた太陽の光線に照らされた、穂高連峰の雄大な景色が広がっていた。
 超新星の話は冗談ですが、山で色々な不思議な体験をしたという話は、古今たくさん本に書かれている。あたかも、ヒトがまだ野山を駆けていた時の感性が甦り、忘れていた昔を思い出すように。忙しい現代人は、遠い過去を思い出すために山に登るとも考えられる。
(一部、X染色体_男女を決めるもの_ ベインブリッジ,デイヴィッド著 を参考にした

2015年5月14日 (木)

【第378回】 最近思うこと

遊学館高校は金沢市の本多町にあり、近くには文化的な施設が多くみられる。本校に勤務して3年目になり、最近は金沢の歴史や文化的なものが気になりだしたのは、本校の立地も関係あるようである。

 本校から歩いて数分で、本多の森の中に静かにたたずむ鈴木大拙記念館に着く。そこから小道を歩けば、中村記念美術館本館、旧中村邸、茶室の建つ地域にでる。ここでは茶道具と美術品を見ることができる。そこから、辰巳用水が流れ落ちる滝の脇石段を登って小立野台に上ると、県立美術館や新しくオープンした県立歴史博物館の前に出る。そこから兼六園を抜ければ石川門、金沢城公園に入ることができる。菱櫓や五十間長屋に加えて、今年から玉泉院丸庭園が再現されている。旧県庁跡のしいのき緑地を通り21世紀美術館を抜けると数分で本校に戻ることができる。

 こうしてみると、本校がいかに歴史的かつ文化的な環境の中にあるかが解って面白いではないか。紹介したルートは1時間弱で巡ることができる。一度、生徒の皆さんも自分の足で歩いてもらいたい。

2013年12月26日 (木)

【第312回】 「白山」のこと

今年になって、月に1回のペースで山登りをしているが、本校で講師をしながらにしてはよく行ったほうである。お前はなぜ山に登るのかと問われ、明確な答えは持っていない、登山をしている人にはそれぞれの理由があると思う。

 石川県大聖寺に生まれ、「日本百名山」の著者である深田久弥氏はその本の中の「白山」のページで、「日本人はたいていふるさとの山を持っている。そしてわたしにとってそれは白山である。」と書いている。私が白山に登ったのは大学1年の夏山合宿で、重いキスリングにテントや3泊分の食料背負って登ったのが最初であった。その時に、登山道に咲く高山植物や展望台からの北アルプスの景色は、今でも心に残っている。以来、白山と北アルプスではあるが、白山はやはり特別な山である。何度登っても発見があるのが面白い。

 人々がいかに山に向き合ったかは、深田久弥や新田次郎などいわゆる山岳文学を読むことで知ることができる。ただし、実際に登山をするには十分な知識と強靭な体に裏打ちされた準備が必要であり、それは本を読んで得られるものではない。人事を尽くし、まっさらな感覚で山に向かうのがいいと思う。

 私の登山のおもな目的は、若い頃はとにかく頂上に立つことであったが、今は歩きながら自然を身近に感じることに移っている。登山道を歩いてよく思うことは、その道を過去に多くの人が通り、今もその整備に携わる人がいて、そんなヒトと自然に親しむことができる喜びである。これからも新たな出会いがあるだろうが、どんな出会いが待っているかと期待して山に向かおう。

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