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2023年5月25日 (木)

【第784回】「子どもの成長」干場 光将 (保健体育)

2023年が始まり、5ヶ月が過ぎようとしています。みなさんはどのように過ごしましたか?大きなニュースとしては、新型コロナウイルス感染症が5類感染症に移行したことでしょうか。以前の生活が戻りつつある今日ですが、私は3月に新たな命を授かりました。

その日はいつも通り授業でしたが、本格的な陣痛が始まったとの連絡を受け、産婦人科へ。前日から陣痛は始まっていましたが、なかなか出てこれず、急遽帝王切開に。待合室にいるときは『妻は大丈夫かな』『本当に自分の子どもと会えるのか』とドキドキしていました。午後1:06 3168g 48.8cmの女の子が産まれました。我が子を見て私の第一声は『髪の毛が多い!』でした笑 妻への感謝、産まれてきてくれた喜び、父親になる責任感など、、今まで生きてきた中でも味わったことのない感情を経験させてもらいました。

そんな我が子も今月で2ヶ月が経ちました。毎日
ミルク→おしっこ・うんち→寝る→泣く をくり返していますが、少しずつ成長していく姿を楽しみにしています。最近の悩みは学校から帰り、子どもを抱っこしてあげると泣かれることです。妻は『パパといる時間が少ないからびっくりしているのかも』と言っていますが、とてもショックです。早く帰れるようにしたいです。

話は変わりますが、今年度からクラス持ちました。生徒を見ていても思うことは、育児と同じように”うまくいかない”ということです。
”なんで言うことを聞いてくれないのか”
”なんで校則を守れないのか”
”なんで遅刻が多いのか” など
私には理解できないことがたくさんあります。しかし、子どもが泣きたいときに泣くのと同じように、何か理由があるものだと思ってます(パパの抱っこで泣くのにも理由がある、、はず)日々うまくいかないと感じていますが、その中でも子どもたちの小さな変化が見られると、嬉しく思うこともあります。父親として、教師として成長できるように、これからも子どもたちと向き合っていきたいと思います。

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2021年11月18日 (木)

【第706回】 「伝統を繋ぐ」干場 光将 (保健体育)

2021年11月7日(日)この日は遊学館駅伝競走部にとって大切な日です。毎年、京都府で行われる『全国高等学校駅伝競走大会』の代表校がこの日に決まります。駅伝部は、今年で13年連続14回目の優勝。全国高校駅伝の挑戦権を勝ち取ることができました。石川県内では、駅伝の強い高校として認知がありますが、そんな遊学館男子駅伝競走部が1度だけ負けたことがあります。


14年前。私は遊学館高校の1年生でした。
当時駅伝部は、創部2年目でした。監督の森賀先生からのスカウトで遊学館に進学し、駅伝の強いチームを目標に日々の練習に励んでいました。前年は、駅伝部が創部1年目ということもあり、周りからの注目度は高い中でのレースでしたが、優勝する選手の姿に憧れを持ちました。

しかし、創部2年目の11月。その憧れは打ち砕かれます。
わずか27秒差で全国高校駅伝への挑戦権が絶たれました。敗因は、エースに頼りすぎたということでした。当時のエースは1年生。1年生ながら、めきめきと力をつけ、チーム内でも上位のタイムを出し、当時の1年生全国ランキングでトップの実力がありました。どんな大会でも自己ベスト更新をするエースに私たちの期待も膨らみました。しかし、この日初めて1年生エースは失敗を経験します。1区から1年生エースが3番で帰ってきたと情報が入ると、チームに悪い雰囲気が流れました。なんとか1位との差を詰めることができましたが、追い抜くことはできず、2位という結果に終わりました。何とも言えない虚無感と悔しさがこみ上げたのを覚えています。
14年が経ち、今は男子駅伝競走部のコーチとして活動しています。ほとんどの選手は、強い遊学館駅伝競走部しか知りません。しかし私は、この負けたことがある経験を今の選手にも伝えています。
『勝つことは当たり前のことではない。そして勝つための準備を怠ってはならない。この伝統を繋げていくのは君たちしかいない』

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もうすぐ12月がやってきます。
全国高校駅伝まであとわずかですが、先輩たちの伝統を繋げ、越えられるような走りを楽しみにしながら日々の練習に励んでいきます。

2020年6月25日 (木)

【第634回】 「ありがとう」干場 光将 (保健体育)

4月から遊学館高校に赴任してきた干場光将(ほしばこうすけ)と申します。
金沢市で3年間、小学校の教員をしておりましたが、この度ご縁があり、母校である遊学館高校に帰ってきました。
母校での教員生活に胸を弾ませていましたが、
4月は、緊急事態宣言が発令され休校。
5月は、緊急事態宣言延長で休校期間が延長 などで新年度のスタートが遅れました。
6月から授業が再開されると思った矢先、ある出来事が起こります。

それは、父の死です。
約7年前に「多発性骨髄腫」と診断され、医者から「余命2年」と言われていました。
当時、大学生だった私は「余命2年」と聞いて泣いたのを覚えています。
しかし、父の病気は悲しいことだけではありませんでした。
父の病気をきっかけに家族との時間が増え、1日1日を大切にしようと思えました。
それから父は、抗がん剤、輸血、ドナーなど、様々な手段の治療をし、入退院を繰り返しましたが、5月に再入院しました。
そこで医師から「今週が山場です」と伝えられます。医師の言葉に家族が出した答えは、
「最後は自宅で家族みんなに見届けさせてください」でした。

病院から自宅までの道中で息を引き取ってもおかしくない状況でしたが、
父は無事、自宅に戻ることができました。
病院では寝たきりで喋ることもやっとだった父が、久しぶりの自宅で家族がいることに気づいたのか、自分の力で起き上がり話かけてきました。
その姿に私は、父に最後まで父親であるべき姿を見せられました。
そんな父が私に言った最後の言葉は「ありがとう」でした。


6月が始まり、少しずつ新しい環境での教員生活に慣れてきました。
新しい環境でもすぐに溶け込めるのは、遊学館高校の先生方と元気に登校してくれる生徒がいてくれるからです。
そんなみんなに「ありがとう」という感謝の気持ちを持ちながら、これからの教員生活を過ごしていきたいと思います。

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