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2017年12月21日 (木)

【第509回】 「冬といえば・・・」A. H. (数学)

冬といえば・・・雪!
 雪国で生まれ、冬は雪に囲まれながら育ちました。20年以上も雪に囲まれてきたからなのか、今この文章を書きながら眺めている外の景色が懐かしいです。雪が積もると「冬が来た」と実感します。数年前に1年間だけ岐阜県に住んでいました。12月でも1月でも太陽が出ることに衝撃を受けました。冬という感覚が来ないまま春がやってきてしまいました。寒いのは本当に嫌いですが、自分にとって雪は四季を感じる大切な存在です。新潟に生まれてよかったなと。

冬といえば・・・全国高校駅伝!
 ここ2年ほど、京都まで足を運び、選手の皆の走る姿をこの目に焼き付けています。遊学館に来る前は、テレビで見ているだけでした。テレビでは最初から最後まで先頭ランナーを見ることができます。しかし、後方の様子がわからなかったり、姿を見たりすることはできませんでした。初めて現地で応援することができたとき、ものすごく興奮したことを覚えています。選手が自分の目の前を必死に駆け抜けていく、その姿に自分も全力で応援する。やっぱり直接見るのが一番ですね。

冬といえば・・・箱根駅伝!
 いつか見に行きたいと思いながらも、機会がなく、まだ行けていません。でも1月2,3日とコタツに入りながら箱根駅伝を見ていると、正月が来たなと実感します。始めて見たのは中学生の時でした。ある大学が4連覇をしたり、聞いたこともなかった大学が優勝したり、優勝候補が途中で棄権したり、これまで予想通りの結果で終わったレースはないと思います。だからこそ、ぜひとも見に行きたい。

冬といえば・・・手帳の買い替え!
 私は手帳を使っています。スマートフォンが主流のこの時代に手帳を使うことは古いと思われるかもしれませんが、私にとっては断然手帳のほうが使いやすいです。大学生になった2006年4月から今日まで、毎日日記を書いています。いつの間にか習慣になっていて、案外忘れることなく続けて来られました。たまに数年前の日記を読み返すことがあります。懐かしさを感じ、様々な出来事を思い返すことができる、大切な記録です。冬が来たこの時期に新しいものに替えることで、気持ちを新たに、また前に進もうと思います。


 自分にしかない季節の感じ方を持つことで、今まで以上に四季を楽しむことができるのではないかなと。それは生まれ育った土地を大切にすることにつながると思います。

2016年8月11日 (木)

【第438回】 インターハイA. H. (数学)

 先日まで、平成28年度全国高等学校総合体育大会陸上競技大会が岡山県岡山市のシティライトスタジアムで開催されていました。私の高校時代には手の届かない遥か彼方の夢舞台であったそのインターハイに、引率という形で2年連続参加させていただきました。
 初めて岡山県の陸上競技場に行きましたが、会場に入った途端、やはり空気が違いました。全国の地方大会を勝ち進んできた強者たちが集う場でした。競技場内を歩いていれば、日本代表としてオリンピックに出場していた方々も観戦に来ていたり、愛読している月刊陸上競技に取り上げられている選手がいたり、「これがインターハイだ」と気分が高揚しました。
 でも高校時代、私は一度もインターハイに出たいと思ったことがありません。遠すぎて叶うはずがないと思い、目標にもしていませんでした。インターハイは自分とは別格の選手たちが出場する大会という感覚です。しかしそのように考えた時点で私の陸上競技人生は終わっていたのかもしれません。限界を自分で作ってはいけないと、必死に練習をする日々でした。ただ目標はどこにあったのか。少しでもタイムを縮めるための練習であって、上位の大会に出場するためではなかったなと思います。けれどそこに明確な目標があったら、いったいどのように変わっていたのか。もっと具体的に練習方法を考えることができ、もっと一つ一つの練習に気持ちが入り、もっと気持ちを高めていろいろな大会に臨めたのではないかと、今になって後悔してしまいます。インターハイの空気を感じ、改めて、目標をもつことや何かに真剣に取り組むことの大切さを実感しました。全力で挑むことの難しさも。
 インターハイ選手にはインターハイ選手の目標があるように、陸上選手には陸上選手の目標があるように、生徒のみなさんにも一人一人にあった目標を持ってほしいと思います。目標をもつことでやるべきことも明確になり、何かに真剣になれるはずです。

2015年6月11日 (木)

【第382回】 最近考えていることA. H. (数学)

私は遊学館に来る前は新潟県の中学校で勤務していました。金沢に来て二ヶ月半程です。1年生の担任になり、気がつけばあっという間に6月に入っていました。時が経つのがこんなに早く感じたことは今までになかったなと思うくらいです。そんな毎日の中で、ふと自分の学生時代を思い返すことがあります。
 1999年小学6年の夏、姉とともにセビリア世界陸上をテレビで見ていました。はじめて見る世界陸上はすべてが衝撃的でした。世界にはこんなにも速く走る人が、こんなにも高く遠くに跳べる人が、こんなにも遠くに投げることができる人がいるのかと。そのときの衝撃を忘れる日はなく、中学・高校・大学と10年間陸上競技部に所属しました。時には陸上に夢中になりながら、時には勉強のことで頭が一杯になりながら、それでも自分なりに必死に陸上と向き合ってきました。もちろん辛くて苦しい思いもたくさんしました。走ることが嫌になり、練習をサボったこともあります。足に痛みはないのに、「痛い」と言って練習を見学したこともあります。でも心の中では、罪悪感で一杯でした。苦しくて逃げ出したくなるけど、実際に逃げてしまうと、その数十倍の苦しさがやってきました。そんなときにいつも頭をよぎる言葉があります。それは中学時代の顧問の先生の言葉です。『限界はそこにあるんじゃない。自分で作り出しているんだ。』この言葉を思い出しながら、常に全力で陸上と向き合い、常に全力で自分自身と向き合ってきました。どんなに苦しくても走り続け、百分の数秒でもタイムが縮まったとき、その喜びはとてつもなく大きかったです。一度タイムが出たときの喜びを感じてしまうと、それが楽しくて、また走りたくなる、そんな感じです。苦しさと楽しさを交互に感じながらも、気づけば毎日陸上のことを考えている学生時代でした。
 私は陸上を通して『仲間の存在の大切さ』、『夢中になることの大切さ』を主に感じてきました。もしあの広いトラックで、一人で練習していたら、辛いことを避けて楽をしようと考えてしまうでしょう。ともに練習する仲間がいるから自分の力も発揮できるし、苦しいときは支えあうことができました。それにみんなで大好きな陸上に夢中になっているから、本気で笑ったり、本気で泣いたり、たくさんの感情を共有できたのだと思います。中途半端ではなく、本気でやってきたからこそ、陸上を通して出会った仲間たちは今でも最高の仲間です。だから私は陸上競技に感謝し、陸上競技を通して出会ったすべての人に感謝する心を決して忘れずに、これからも過ごして行きたいと思います。