山本 雅弘 (保健体育)

2017年11月 2日 (木)

【第502回】 祖母の33回忌から

先月、29日私の祖母の33回忌の法事がありました。
祖母は旧姓木谷好子で大正11年に金城女学校を卒業した14回生です。
卒業後、小学校の教師として働きながら結婚し、私の父親を含む5男・2女の子宝に恵まれ、明治・大正・昭和の時代をたくましく生きた方でした。
私が小学生の時、通知表を祖母に報告する儀式?があり、成績が良くても、悪くても必ず祖母の恩師である加藤せむ先生の名前から始まります。
「せむ先生は・・・・とおっしゃっていました・・・」
まったく面識のない「せむ先生」の名前が私の小学生の思い出として強く残っていました。
祖母にとって「せむ先生」は想像以上の存在だったことを感じさせられました。
そして現在、私が金城学園に勤めていることが不思議な縁として感じさせられます。
遊学館高校が野球部を創部するあたり、たまたま私が監督の候補に挙がったことからです。
金城学園に勤め始めたのが17年前、その時祖母の墓前で「金城学園で働きます・・力を貸して下さい」とお願いもしました。
その結果、甲子園に何回も出場する結果につながったようにも思います。
勝負事には勝ち負けがつきものですが、「人と人の縁」「野球の神様」「つき」など、目に見えないけど大事にしなければいけないものがたくさんあると思います。
これからもいろんな流れに逆らうことなく生きていきたいと思います。

2016年7月 7日 (木)

【第433回】 今年も熱い夏が...

 夏の甲子園大会予選(第98回全国高等学校野球選手権石川大会)の組み合わせ抽選会が7月8日に津幡町文化会館シグナスであります。
 昨年は決勝で金沢高校と対戦し、石川県高校野球史に残るハイレベルな戦いを1対0で制して甲子園大会(第97回高等学校野球選手権大会)に出場することができました。その甲子園大会では2回戦で熊本県代表の強豪九州学院に5対3で勝ち、3回戦は優勝校の神奈川県代表の東海大相模と戦いました。東海大相模とは同じメンバーで2回対戦していて引き分けと1点差の敗戦と力の差のない戦いでしたが、甲子園では11対2の大差で負けてしまいました。この大差は東海大相模のチーム力がアップしたのはもちろんですが、甲子園の大観衆のプレッシャーの中で普段どおりにプレーすることの難しさを強く感じました。
 今年のチームは昨年の秋の大会で初戦負け、春の大会は準決勝で逆転負けと結果が出ていません。しかし、春の大会の負けた悔しさを忘れず日々の練習に打ち込んできた結果、投手を含む守備力が著しく成長しただけでなく攻撃力もアップして、これまで対戦して一度も勝ったことのない強豪校にも大量点で勝つチームに育ってきました。
 遊学館野球部は16回目の夏の甲子園大会予選になります。これまで15回のうち決勝に11回進出し6回優勝しています。残された大会までのわずかな期間ですが、身体的にも精神的にもレベルアップをはかり、万全な準備をして大会を迎えたいと思っています。また、昨年の甲子園経験者が4名いることで大観衆のプレッシャーの中でも普段どおりにプレーできることも確信しています。
 夏の甲子園大会予選の開会式が14日、遊学館の初戦は18日県立球場です。今年も大観衆の球場で応援団を先頭に吹奏楽やバトン部のすばらしいリードでの全校応援、その中で選手たちが最高のプレーで躍動し、2年連続甲子園出場を果たしてくれることを願っています。

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2015年2月26日 (木)

【第367回】 今年に期待!

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 2月1日はプロ野球の解禁日です。
この日から各チームのスプリングキャンプが始まり、ユニホームを着ることが解禁され、チームとして組織的な練習を開始します。遊学館出身で3名のプロ野球選手もそれぞれの思いを持ってスプリングキャンプに参加しています。
 私は6日から1期生の小嶋達也選手、3期生の鈴木将光選手、7期生の三木亮選手の激励を兼ねてキャンプの見学をしてきました。その様子を書きたいと思います。

 阪神タイガースに入団した小嶋選手は9年目を迎えます。昨年の秋に肘の手術をしたため1軍のキャンプに参加していなくて会うことができませでした。彼はプロ1年目から開幕1軍で期待されながら結果を出すことができず悔しい思いをしているようです。球団の関係者に聞いてみても、「十分に1軍で活躍できる力があるはずなのに・・」「チームとしては彼の力が必要なのですが・・」と高い評価を得ています。3人のかわいい子供さんのためにも今年は頑張ってほしいと願っています。

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 広島カープに入団した鈴木将光選手は10年目を迎えます。1軍での実績がなく昨年は2軍でも出場機会があまり与えられずモヤモヤした気持ちでいたようです。昨年の秋、契約更新がないものだと思って引退を覚悟していたようです。しかし、球団のトップが替わり緒方新監督から「あと1年頑張れ」との言葉をもらい必死で練習に取り組んでいます。
今年の彼はキャンプ前から走りこみを中心に身体を絞り、ベストのコンデションでキャンプに入り練習をこなしていました。持ち前の走力を生かした外野守備が軽快で、1軍の選手の中でも特に目立っていました。課題の打撃も今年は好調で高い評価を得ているようです。
また、チーム内でも若手の選手が「将光さん」と笑顔で接してくる場面が数多く見られ、彼の優しい人間性もうかがわれた。彼と言葉を交わした中にも今年が集大成として頑張る決意が感じ取れました。

 千葉ロッテに入団した三木亮選手は2年目を迎えます。彼も昨年の秋に膝のクリーニング手術をしたため2軍でキャンプをスタートしています。入団前からの古傷だったので彼自身すっきりした気持ちでいるようです。動きの方もベースランニングや内野ノックを受ける姿を見ても、3ヶ月前に膝の手術をした選手に見えないくらい軽快な動きをしていました。球団の関係者に聞いてみても、彼の評価は高く期待されている様子が強く感じました。彼はプロの世界では体も小さく目立たない存在ですが、誰にも負けない努力と頑張りで、三拍子そろった選手として今年は活躍してくれると思います。

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2013年10月10日 (木)

【第301回】 初心に戻る

 プロ野球のシーズンも終わりに近づき、すばらしい成績を収めた選手がスポーツ新聞をにぎわしている。王貞治選手が記録した年間55本をバレンティン選手が現在60本に記録を塗り替えている。また、田中将大選手が開幕24連勝の大記録を、そして、アメリカ大リーグで活躍しているダルビッシュ選手が最多奪三振の記録を打ち立てている。
 遊学館はこの田中将大投手と岡山国民体育大会の決勝で対戦している。また、ダルビッシュ選手とも甲子園の2回戦で対戦している。結果は残念ながら両試合とも負けているが、超一流の選手と対戦して私自身学ぶことがたくさんあった。

 特に、ダルビッシュ選手と対戦したとき感じたことを述べていきたい。

 その年の優勝候補は東北高校があげられていた。投手のダルビッシュは投げる球は速いし、変化球も鋭い、ダルビッシュ以外の選手も身体能力に優れ守りも攻撃も隙のない超高校級のチームだった。私は東北高校と対戦する前にビデオを観て徹底的に研究をした。各打者の打てるコース、打てないコースの分析。バントやエンドラン等の作戦の取り方。ダルビッシュ投手の癖など細かく研究・分析した結果、対等に闘っても勝てない相手であることは確かである。しかし、ダルビッシュ投手はフィールディングが適当でランナーに対する注意力もないようにみえ、自分の能力にうぬぼれた選手のように感じたので「なんとか一泡吹かせてやろう」と思って試合に挑んだ。

 結果は0―4の完敗であった。

 初回の四球を選んだ選手が牽制でタッチアウト。4回の先頭打者の2塁打の選手も絶妙なタイミングの牽制でタッチアウト。このとき選手にはダルビッシュ投手の攻略方法として「スキがあれば積極的に走ろう」と指示をしていたためだろう。打撃でも、「ストレートを狙い逆方向に強い打球を打て」と指示していたが、1球ごとにダルビッシュ選手が守備位置の指示をしたところに痛烈な打球が飛んでいく。打者としても、いつもは打たないのに3本のヒットを打たれ、1時間53分で試合が終了した。

 試合の後、野球関係者から「ダルビッシュ選手があそこまで真剣に投げたのを観たことがない、今年一番の投球内容だった。あれではプロのチームでも得点するのが難しいよ」という慰めをされた。高校生でも一流選手の能力は想像を超えることを痛感させられた。
どんな万全な準備をしていてもそれまでの経験した中での準備であって、自分の経験以上の準備をしていかなければいけないのが甲子園なのである。本当に高いレベルで考えていかないと準備が完全にできたといえないことを学んだ。
 「これくらいで大丈夫」そう思ったときが負ける方向に傾いている。考えられる限り準備をしていくことが指導者にとって最大の仕事なのである。

 今年の夏と秋の大会で悔しい敗戦を味わった。 「ダルビッシュ選手から学んだことを十分に生かされていたか・・?」自問自答してみると、十分でなかった反省で心が痛む。
初心に戻って選手と共に大きな目標に向かっていきたい。

2012年7月 5日 (木)

【第237回】 引退試合

6月27日、石川県立野球場。遊学館対金沢学院東の試合をナイターで行いました。
この試合は3年生最後の大会(第94回全国高等学校野球選手権大会石川大会)で、メンバーから外れた3年生の試合でした。この試合は今回で6回目になります。

遊学館高校野球部の3年生は24名、1・2年生を加えると76名、この中から石川大会のメンバー20名が選ばれるわけなので、当然引退に追い込まれる3年生が出てくるわけです。その3年生の最後の晴れ舞台を決勝戦が行われる石川県立球場で、高校野球最後の試合を戦い、次の日からメンバーのサポートに切り替えるという引退試合です。
そして、最後の大会を戦うメンバー達がスタンドから必死に応援をします。

今回も両校の保護者、学校の友人、学校関係者、そして一般の応援していただいている方々がたくさん足を運んでいただき、スタンドに約1500人の観衆を集めて盛大に行われました。
そして、金沢東高校のチアリーダーによるアトラクションも盛り込まれました。

結果は、              得点 安打
遊学館 5 4 0 0 0 0 0 3 0  12  16
金沢東 0 0 0 0 1 0 0 0 0   1  10

得点は開きましたが、両チーム合わせて26安打の打ち合いでハラハラ・ドキドキの好試合でした。両チームとも気持ちのいいくらいフルスイングで外野のフェンスまでとどく長打や空振り、投手の決め球の厳しい球をうまくさばいての見事な安打。守備でもダイビングキャッチの超ファインプレーなど、このレベルの選手がなぜメンバーになれないの・・?と思うくらいレベルの高い試合でした。また、選手は集中し真剣な戦いの中にも笑顔を忘れず、高校野球最後の試合を楽しんでいるように感じました。
そして、打席に立つ選手の名前と選手の思いがバックスクリーンに紹介されましたが、その思いが強く胸に響きました。

「お父さん・お母さんの子供で良かった、今まで野球を続けさせてくれてありがとう」

「こんな僕を遠い石川県で野球をさせてくれてありがとう」

「お父さん一人でここまで育ててくれてありがとう」

それぞれの思いを込めた引退試合が終わりました。

これからが本番。
引退試合で戦った選手は気持ちを切り替えてサポートに全力を尽くし、遊学館野球部全員の目標である「てっぺん」に向かってスタートを切ります。

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2010年9月15日 (水)

【第150回】五年ぶり四度目、夏の甲子園に出場

「五年ぶり四度目、夏の甲子園に出場」私にとって高校野球の指導が10年目になります。
節目ということで周りの期待も大きく、私自身にもプレッシャーをかけての甲子園出場だったので、大きな喜びを感じました。

今年の甲子園出場は3年生の力によって勝ち得たものだと思っています。
3年生部員は24名、レギュラーが9名、その中の3名が先発メンバー、残りの14名がサポートに回りました。普通に考えるなら、背番号の18名すべて3年生であってもいいはずなのに…。

これまでのチームなら、レギュラーとサポートの間に深い溝が出来ていたのですが、今年のサポートの14名は違いました。彼らは「3サポ」と命名してレギュラーのために献身的にサポートしてくれました。
猛暑で乾ききったグランドに練習開始の1時間前に出向き、黙々と水撒きを…。
打撃マシンなどの練習道具を率先して準備を…。
打撃練習で転がっているボールを大きな声でリードして明るいムードで…。
練習でのミスに対しての厳しい注意や良いプレーに対しての盛り上げを…。
レギュラーの個人練習に夜遅くまで…。
グランドの雑草を率先して整備を…。
また、打撃投手を自ら買って出るなど、献身的に動いてくれました。

「3サポ」はレギュラーが気持ち良く練習できる環境を整えるために頑張りました。レギュラーは「3サポ」のためにも頑張る気持ちを強く持ちました。この「3サポ」の働きは全国放送の朝の番組でも放送されました。

また、今年の主将は1年次から朝登校して、教室の清掃を毎日欠かさず行っていました。
その行動に賛同してか多くの野球部員が朝登校して、教室やトイレの清掃をするのが日課になっていました。「ゴミを拾うことは運を拾うことである」と、信じて…。自分のことだけを考える今の世の中で、他人のために行動を惜しみなく起こしてくれた3年生のおかげで、甲子園出場を勝ち得たと思いたい。

遊学館高校野球部のスローガンは「感謝・挑戦」です。
今年の3年生が身をもって示してくれた新たな伝統を、後輩が引き継いでくれることを願いたい。

2009年11月11日 (水)

【第108回】夢

ニュウヨーク2009年MLBワールドチャンピオンにニューヨークヤンキースが輝いて、そのMVP(最高殊勲選手)に松井秀喜選手が選ばれました。松井選手の自著の中で「ヤンキースがワールドチャンピオンになって、自分がMVP選ばれるような選手になりたい」と、述べています。

ある新聞記事に夢を実現した松井選手はすばらしい…と、書いてあった。また、松井選手は7年間、彼の生き様である「耐えて勝つ」をつらぬき彼の夢を獲得した…、とも記事に書いてありました。

誰もが「夢」を持ち、その夢を実現するために努力をして、その夢を実現することが理想の生き方であるが、理想どおりいかないのも人生なのかもしれません。「夢」には実現が比較的やさしいものと、非常に困難なものもあると思います。

私は中学1年の時から体育の先生になるのが夢で、その夢が実現して今日に至っています。これは、やさしいものの中にはいるのかもしれません。松井選手の実現した夢は夢の中の夢のような、ほとんど困難なものです。その、困難な夢を実現したからこそ報道で大きく賞賛されているのでしょう。しかし、どんな夢であろうが差別すべきでないことも確かです。

私は教員になって36年になります。
授業の中で「自分の夢」について問いかけていますが、その答えかたが大きく変わってきているように思います。私の若い頃はほとんどの生徒が「公務員になりたい」「飛行機のパイロットになりたい」「看護婦になりたい」等々、夢に溢れる答えが返ってきました。

しかし、最近の生徒はごくわずかの生徒しか答えてくれません。多くの生徒が「わかりません」「ありません」「まだ考えてないです」等、さみしい答えが返ってきます。「今は夢を持っても実現が難しい世の中だから…」「昔と違うから…」と、言ってしまえば終わることかもしれません。しかし、実現しなくても夢を持ち、夢に向かって努力する姿が大切であることには間違いないはずです。

今年は政治の世界も大きく変わろうとしています。
これを期に、若い世代が夢を持てる世の中に変わってほしいものです。
以前のように、眼が輝いて自分の夢を大きな声で答えられる若者が増えてほしいものです。

2009年1月21日 (水)

【第72回】「利き脳」から学んだこと

脳学者の坂野登氏の説によると、人間は「利き脳」によって、情報の入力と出力の方法が大きく二つのタイプに分けられるそうです。右脳は空間やイメージをつかさどる部分で直感型タイプ。左脳は言葉や理論をつかさどる部分で理論型タイプ。

どちらのタイプかを知る方法として、「情報の入力」は両手の指を組んだ時に左の親指が上になるのが右脳で、右の親指が上になるのが左脳です。「情報の出力」は両腕を組んだ時に左の腕が上になるのが右脳で、右の腕が上になるのが左脳です。

私の「利き脳」は情報の入力が左脳で出力が右脳です。理論的に情報を入力して直感的に出力する人間になります。自分を振り返り冷静に考えてみると、まさしくその通りだとうなずけます。私は教師として子供達に教えるとき、直感的に指導していることになります。直感的に入力する生徒には伝わりやすいが、理論的に入力する生徒には伝わりにくいことになります。これは指導者として不平等な指導をしていることになります。

右脳で出力する有名人として挙げられるのは元巨人軍の長嶋茂雄監督で、左脳で出力する有名人が楽天の野村克也監督と言われています。長嶋監督がカーブを打つ時の打撃指導の言葉として「スーと呼び込んでスパット打て」と指導されたそうです。この指導に対して左脳で入力する私には理解しにくい指導となります。

しかし、右脳で入力する選手には素直に理解できる指導であるはずです。野村監督の場合は指導マニュアル(「野村ノート」140ページの内容)で理論づけをし、心理学や哲学まで追求した指導をされています。この指導に対して、私は難しい内容ですが素直に理解させられます。しかし、右脳で入力する選手には理解にくい指導となります。

したがって、私の場合、直感型タイプと理論型タイプを平等に指導するためには原理・原則の理論武装をして指導の引き出しを(言葉)たくさん持つことが必要となります。

指導者は自分の苦手な部分を開拓し、より多くの生徒に情報を伝える創意工夫の努力を常に行なって、生徒にフィードバックしていくことが大切であることを教えられた。

2008年4月16日 (水)

【第35回】先生として

高校野球に携わって7年になります。

2001年の春に創部し、22名の一期生からスタートしました。私は部員に「監督」でなく「先生」と呼ばせています。それは、人間形成と野球を教えることを大切にする意味が含まれています。また、常に次のステップに繋げることも大切にしています。その私の意を汲んでか、一期生の12名が野球を続けてくれました。その一期生も、この春大学を卒業し社会人として巣立つ年代です。

上級生がいなく、三年間縦社会の経験もなく高校を巣立って進学した12名。その中で7名の挫折者がでてしまいました。入学許可をもらい、入学前の練習に参加している時点での挫折が1名。入学後、選手として有望視されながらの挫折が5名。

今から思えば、この6名は私の指導の未熟さが原因と反省しています。試合の結果を重視して人間形成がおろそかになっていたように感じます。あと1人は授業の関係で続けられなかった。(早稲田大学の法学部)

先輩もいない中、縦の社会の勉強も出来ずに伝統ある世界に入り頑張り通した5名。社会人野球に進んだ1人はプロ野球に。東京六大学に進んだ1人は、縦の人間関係に悩みながらも4番を任され、社会人野球に。
主将として全日本大学選手権まで導いた1人も社会人野球に。あとの2人も地域のプロ野球と社会人野球に。指導者の道に進んでくれなかったことが少し残念にも思いますが・・・。

5名が高校球児の「夢の世界」で野球を続けてくれていることに喜びを感じています。私が指導者として尊敬する大先輩の言葉、「夢を見て、夢を育て、夢を食う」。「夢」を持ち、それに向かって「努力」することが大切だと思っています。努力することによって日々成長し、夢を勝ち取る姿が人生そのものと思います。

この春、八期生を迎え「先生」として襟を正して指導に当たりたい。

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