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2019年5月30日 (木)

【第581回】 2020吉田 昌史 (理科)

 まず、今年も暑い熱い夏が始まりました。日々の生活はどうお過ごしでしょうか。高校総体・総文・百万石祭りはどうだったでしょうか。良くも悪くも、何か思いが心に残ったと思います。その気持ちを、お互い次のレベルアップに活かして行きたいものです。
 さて、来年は日本で2020東京オリンピックが開催されます。いろいろな方々が、オリンピックを良い形で開催し、運営するために数年をかけて準備をしている段階だと思います。イベントは、たくさんの人達が準備・運営をしてくださるおかげで成り立っていることに感謝する気持ちを、観戦者である自分も忘れてはならないと思っています。2020オリンピックが良いものになりますように。
 また、2020インターハイ高体連バスケットボール競技が石川県で開催されます。このイベントに向けても、いろいろな方々が準備をしてくださっていると思います。来年も暑い熱い夏になること間違いなしです。男子バスケットボール部の顧問をしている自分としては、たくさんの方々に観戦してほしいです。
 日々、暑い夏に負けず、熱い夏になるよう過ごしていきましょう。

2019年5月23日 (木)

【第580回】 「ありがとう」吉澤 宗馬 (国語)

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 突然ですが、「ありがとう」という言葉を使っていますか?
 物を拾ってくれて「ありがとう」
 困っていた時に助けてくれて「ありがとう」
 ご飯を作ってくれて「ありがとう」
など、様々な場面で感謝を伝えるために使う言葉です。
 漢字で書くと、有ることが難しいで「有り難う」です。その語源は、形容詞「有り難し(ありがたし)」の連用形「有り難く(ありがたく)」がウ音便に変化し、「ありがとう」となったものであり、本来は「めったにない」や「珍しい」等の意味です。
 生活している中で、必ず困難や苦難にぶち当たることは多々あると思います。そんな時私は、「有り難い」と思うようにしています。困難や苦難が無い生活は、「無難」でつまらないと考え、「辛」い難を越えた先には、必ず「幸」せが待っていると思っています。

 また、「ありがとう」の対義語は「あたりまえ」です。「あたりまえ」だと思っていることは、本当に「あたりまえ」なのか、もう一度考えてみてください。
 学校に行くのが「あたりまえ」
 ご飯を食べられるのが「あたりまえ」
 帰る場所があるのが「あたりまえ」
「あたりまえ」というのは、全然「あたりまえ」ではありません。
 いつも「あたりまえ」だと思っていたことにも「ありがとう」の気持ちを忘れず、一日一日を大切に過ごしていきましょう‼

2019年5月16日 (木)

【第579回】 「最近思うこと」吉川 幹大 (地歴・公民)

私がよく行くコーヒーショップでの出来事です。
厨房や店員さんが待機する場所に近い席に座りました。おそらく食器を片付けているのでしょうか。
とにかく食器を片付ける音がうるさいです。
帰られたお客さんの話をしています。私はとても不快な思いになりました。
お客さんの席が近くにあるのなら、もう少し静かに食器を置いてもらえないだろうか。
店員さんが話すお客さんのことを本人が聞いたらどう思うか考えて欲しい。
この状況に遭遇したら、不快な思いをするのは私だけではないのではと、思いました。
お店に対してのクレームでもなく、この店員さんに何かものを申したいというわけでもなく、いろいろなことを考えさせられる瞬間でした。

 最近、多くのマスコミが取り上げている「バイトテロ」。ある外食チェーン店では、全国で一斉に臨時休業して社員研修を行いました。
 アメリカにおいても大手コーヒーチェーン店でお客さんに対しての人種差別とも受け取れるような扱いで全米の8000店近く約17万人の従業員が一時休業し、社員研修を行った事例があります。
 高等学校において生徒を迎え入れ、3年間生徒を指導する教員という立場の私としては決して人事だとは思えない事案ばかりです。
 訪れたお店の店員さんを指導するわけにも行かないですし、世の中の問題を解決できるわけでもありません。
 学校において起こる数々の事案を解決し、より多くの生徒が過ごしやすい環境を作り出すことこそ私がしなければならないことです。
 バス乗車や自転車を運転する際のマナーの悪さ、SNSなどによる人間関係の問題、校則違反を指導されるよりも、その後の立ち振る舞いの悪さでの指導など、毎日のようにいろいろなことが起こり繰り返されます。
 世の中で起こっていることも、我々の学校で起こっていることも当事者からすれば、こんなに事が大きくなるとは思わなかったというのが本音だと思います。

自分のしていることがエスカレートするとどうなるか。
自分が発した言葉を相手がどう受け止めるか。

 ほんの少しだけ行動を起こす前に考える力があれば防げることがたくさんあると思います。
 今年度1年生は総合探究、2年生は総合学習で論語を学ぶ時間があります。仁(思いやり)、徳(人としての正しい行い)。まずはこのあたりから生徒と一緒に学び、大人の我々も襟を正して生活していきたいと思います。
 生徒が遊学館を巣立ってから世の中で少しでも必要とされる人材となれるよう、「考えたことを教えるのではなく、より自分で考え実行できる術」を教えられるように努めていきたいと思います。

2019年5月 9日 (木)

【第578回】 新元号に変わって山本 護嗣 (地歴・公民)

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 初の10連休となった今年のGW半ばの4月30日に明仁上皇が退位され、翌日の5月1日に新たに徳仁天皇が即位された。それに伴い今までの「平成」の時代が終わり、新たに「令和」の時代が始まった。

 新たな元号である「令和」は、日本最古の和歌集である万葉集の「梅花の歌」の一文から来ている。万葉集には、天皇、貴族、防人、農民など幅広い身分の人が詠んだ歌が集められており、このことから「令和」には、「一人一人の国民が明日への希望と共に、それぞれの花を大きく咲かせることの出来る時代になってほしい」との思いが込められている。

 この元号に込められた思いのように、今はまだつぼみである遊学館の生徒たちも、希望に満ち溢れた新しい時代を自ら切り開き大成し、大きな花を咲かせてくれることを願っている。

2019年5月 2日 (木)

【第577回】 「知識」を蓄えようY. M. (国語)

 金沢市の東側に見える山々の中で、どれが医王山という山か分かりますか?細かく言うと白ハゲとか奥医王とかいうピークもあります。目をさらに南に転じると、富山県境の山々、たとえば、猿ケ山、大門山、大笠山などのわりあい高い山も見えます。天気のいい日は、この時期だと真っ白な白山も見ることができますね。
 登山の経験をして山の知識が増えると、それまで単なる「山」としか見えていなかったいつもの風景も、個性のある魅力的な眺めに変わります。知識によってものの見え方が変わり、より深く見えるのです。多くの人が通り過ぎる単なる雑踏も、その中に知人を発見すると、とたんに自分にとって意味のある場所に一変するのと同じです。

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 最近、山菜やキノコについての知識が増えて、それまでただ通り過ぎていた山道が、「おいしい」風景に変わってしまいました。道のない藪山も、ナメコやヒラタケ採りの楽しい場所に変わりました。
 「知識」はものを見極め、考え、そして、行動する上での基礎・土台だと思います。基礎が広く大きくしっかりしていれば、大きな建物も建てられます。若い高校生の皆さんが、どんどん知識を吸収し蓄えていけば、より広く深い豊かなものの見方ができ、適切な判断と行動ができるはずです。心豊かに生きていくために多くのことを貪欲に学びとり、たくさん蓄えて、人生の糧にしてほしいと思います。

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 ※ 中段は藪の中で見つけたナメコ、下段は福井県境から見た白山