« 2016年7月 | メイン | 2016年9月 »

2016年8月25日 (木)

【第440回】 この夏,英語にチャレンジA. K. (理科)

 毎日,暑い暑いと言っていますが,夜は秋の虫の声が聞こえてきています。8月も後半になりました。
 この夏休み中,道やお店で遊学館の生徒の皆さんに出会うことがありました。いつも元気にあいさつや,一緒に連れて歩いているうちの小学生にも,気さくに声をかけてくれて,皆さんの優しさがとてもうれしかったです。
  この間,学校からの帰り道に,外国人観光客の家族から道を聞かれました。日本語は,全く通じず,英語で,です。私は,英語がとても苦手なのですが,21世紀美術館に行きたいこと,バスに乗ったほうがいいか,もしバスに乗るならどこから乗ればいいのか等,相手の言っていることは,なんとか理解できました。ところが,答えるのがかなりたいへんで・・・結局,今いる場所から近かったので一緒に行きました。歩いている間もいろいろ話しをして,相手もかなりゆっくり話してくれて,言っていることは分かるのですが,返事は言いたいことの半分も言えませんでした。21世紀美術館に到着して,別れた後,学校が観光地の近くなので,今後もこのようなことがあるにちがいないし,道を説明できたらかっこいいよな〜と思って,しばらく英語からは遠ざかっていたのですが,ラジオの英会話を聞くことにしました。学生時代は,入試のためにいやいややって,受験が終わったら断捨離した英語でしたが,今は目標があるからか,ちょっとだけ楽しい。と同時に,いつも子供と一緒にイッテQの出川イングリッシュを笑いながら見ていましたが,実際に話しかけられて,出川さんは実はすごいんだ!!と思いました。英会話は度胸も大事なのかもしれません。ラジオの3日坊主はなんとかクリアしました。効果を過大に期待せずに,地味に続けていこうと思います。

2016年8月18日 (木)

【第439回】 真剣勝負安達 健佑 (保健体育)

松下幸之助の大ベストセラー「道をひらく」に「真剣勝負」という説話があります。
以下、引用します。

  面に小手、胴を着けて竹刀で試合をしている間は、
  いくら真剣にやっているようでも、まだまだ心に隙がある。
  打たれても死なないし、血も出ないからである。
  しかしこれが木刀で試合するとなれば、いささか緊張せざるを得ない。
  打たれれば気絶もするし、ケガもする。死ぬこともある。
  まして真剣勝負ともなれば、一閃が直ちに生命にかかわる。
  勝つこともあれば、また負けることもあるなどと呑気なことをいっていられない。
  勝つか負けるかのどちらか一つ。負ければ生命がとぶ。
  真剣になるとはこんな姿をいうのである。

  人生は真剣勝負である。
  だからどんな小さな事にでも、生命をかけて真剣にやらなければならない。
  もちろん窮屈になる必要はすこしもない。
  しかし、長い人生ときには失敗することもあるなどと呑気にかまえていられない。
  これは失敗したときの慰めのことばで、はじめからこんな気がまえでいいわけがない。
  真剣になるかならないか、その度合いによってその人の人生はきまる。

  大切な一生である。
  尊い人生である。
  今からでも決しておそくはない。
  おたがいに心を新たにして、
  真剣勝負のつもりで、
  日々にのぞみたいものである。

私はこれを読んでから、常に見えるところにこの文章を貼っています。
何度も読み返し、本当にできているのか?と自問自答しながら…。

生徒のみなさん、夏休みをどのように過ごしていますか?
2学期からは、自分の夢や目標を叶えるために真剣勝負をしてみませんか?

2016年8月11日 (木)

【第438回】 インターハイ阿久津 光 (数学)

 先日まで、平成28年度全国高等学校総合体育大会陸上競技大会が岡山県岡山市のシティライトスタジアムで開催されていました。私の高校時代には手の届かない遥か彼方の夢舞台であったそのインターハイに、引率という形で2年連続参加させていただきました。
 初めて岡山県の陸上競技場に行きましたが、会場に入った途端、やはり空気が違いました。全国の地方大会を勝ち進んできた強者たちが集う場でした。競技場内を歩いていれば、日本代表としてオリンピックに出場していた方々も観戦に来ていたり、愛読している月刊陸上競技に取り上げられている選手がいたり、「これがインターハイだ」と気分が高揚しました。
 でも高校時代、私は一度もインターハイに出たいと思ったことがありません。遠すぎて叶うはずがないと思い、目標にもしていませんでした。インターハイは自分とは別格の選手たちが出場する大会という感覚です。しかしそのように考えた時点で私の陸上競技人生は終わっていたのかもしれません。限界を自分で作ってはいけないと、必死に練習をする日々でした。ただ目標はどこにあったのか。少しでもタイムを縮めるための練習であって、上位の大会に出場するためではなかったなと思います。けれどそこに明確な目標があったら、いったいどのように変わっていたのか。もっと具体的に練習方法を考えることができ、もっと一つ一つの練習に気持ちが入り、もっと気持ちを高めていろいろな大会に臨めたのではないかと、今になって後悔してしまいます。インターハイの空気を感じ、改めて、目標をもつことや何かに真剣に取り組むことの大切さを実感しました。全力で挑むことの難しさも。
 インターハイ選手にはインターハイ選手の目標があるように、陸上選手には陸上選手の目標があるように、生徒のみなさんにも一人一人にあった目標を持ってほしいと思います。目標をもつことでやるべきことも明確になり、何かに真剣になれるはずです。

2016年8月 4日 (木)

【第437回】 社会福祉施設への訪問に際して、バトン部員に必ず話すこと松田 淳 (地歴・公民)

 この夏から秋にかけて、本校のバトントワリング部には各方面から多くの出演の依頼をいただきます。夏まつり、創立記念、PTA主催行事、スポーツ大会の開会式、文化祭、学会のオープニングセレモニーなど様々な行事にお伺いして演技を披露します。その多くのシーンの中で、社会福祉施設への訪問も部員たちにとって意義ある場面と考えます。ご高齢の方々、身体的・知的障がいを持たれた方々との出会いは、普段、健康で何不自由なく部活に打ち込める自分たちの生活の中で、ふと忘れていること・気づかされることが多くあり、大切な学びの場、気づきの場となっています。
 バトン部は1年間に30回を超える出演をこなします。3年間で100回以上の出演となります。上級学年になっていくと、度胸もすわってきて、演技にも余裕が出てきます。1年生はまだまだ演技すること自体に心がいっぱいで余裕がありません。社会福祉施設の出演では知的障がいを持たれたお子さんや大人の方が曲に乗って、リズムを取り、時には演技の中に入ってこられることがあります。1年生部員はびっくりして身を引いてしまいます。3年生ぐらいになると、演技を止めて笑顔で接し、手を引いて客席まで誘導したりします。
 さて、タイトルになっている「社会福祉施設への訪問に際して、バトン部員に必ず話すこと」とは、“認知症のおじいちゃん、黙ってうつむいているおばあちゃん、車椅子の男の子、知的障がいを持たれた女の子を、自分のおじいちゃん、自分のおばあちゃん、自分の兄弟、姉妹と想像しよう。みなさんを自分の家族だと想像しよう”と。これは代々の部員に言い続けていることです。心にバリア(偏見)を持ったままで、本当の笑顔の演技はできない。まず、心のバリアフリーがあってこそ、みなさんの心の中に入っていくことができる。共にその時間を楽しむことができる。おじいちゃんが手をたたき始める。おばあちゃんが笑顔になり始める。男の子が車椅子のまま前へ前へと出ようとする。女の子が嬉しそうに演技の中に入ってきて一緒に踊ろうとする…この瞬間、部員たちは自分たちの演技を通して“心”を伝えることができたのではないかと思い始める。自分たちに何ができるのか…ずっと一緒に過ごすことはできない。しかし、このひととき、少しでも楽しい時間を過ごしていただければ…という思いが深まり、より一層演技に力がこもります。施設に到着したときの緊張した表情は、施設からの帰路にはとても優しい笑顔に変わっています。
 このストーリーを早くこのブログでお伝えしたかったのです。先月7月26日、相模原市の知的障がい者施設で起こった事件はあまりにもショッキングであり、怒りをおぼえました。私自身、夕方のニュースを家族と見ながら、わが家の子どもたちにこの事件の異常なところ、また、犠牲となった方々の無念、ご家族の方々の悲しみを想像しながら、心から真剣にこの事件の理不尽さを伝えました。そのときに、遊学館高校バトン部のお姉さんたちはどのような気持ちでいろいろな施設に行っているか…という先の話もしました。
 私は現在、3年生の「現代社会」を教えています。障がいを持って生きることが不幸とは思わないような社会をつくりあげていく大切さ、高齢者も障がいを持った人も共に社会の中で同じように生活を送ることができる、そのような社会を実現することの大切さを生徒と共に、その学びの場を共有しています。
 そのような中で、あの狂気のような事件は絶対に許せない。決してスマートフォンが悪いのでなく、時として話題になっているゲームアプリのキャラクターが悪いのでない。ただ、今の世の中は確実に、人を思いやる、人の痛みを想像することに無頓着(むとんちゃく)になっており、便利なことや流行させることだけを追いかけているような気がしてなりません。人間は画面の中にいるのでなく、温かさとふれあいがあってこその存在なのです。何か“人”が置いてきぼりになっている気がしてなりません。
 社会福祉施設への訪問に際して、バトン部員に必ず話すこと…これからも言い続けていきます。バトン部の活動を通して、人としての優しさ・思いやりを純粋に素直に表現できる女性になってほしい、“障がい”を“障害”と思わない家族をつくってほしいという思いを込めて。

 追伸 相模原市の事件で犠牲になった方々のご冥福を心よりお祈りいたします。