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2013年2月

2013年2月28日 (木)

【第269回】 『1歳児の学習』

 1月で1歳になった息子がいる。息子のお気に入りは『あかちゃんのあそびえほん・きむらゆういち作・ごあいさつあそび』の絵本で読むそれこそ毎日毎晩読み聞かせにかかりきりだ。このきむらゆういち絵本シリーズの素晴らしいところは本でありながら立体のような要素を持っているところである。

 絵本の内容は主人公の家にネコ・イヌ・トリ・かいじゅうと次々と訪ねてきてその度に主人公に「こんにちは」と元気にあいさつをするというもので、単純ながらも子供がまねをしてしっかり挨拶が出来るように工夫されている。
 息子はネコ・イヌ・トリ・・・が出てくる度に丁寧に頭をさげて絵本にあいさつをする。その姿はたまらなく愛おしいものだ。しかし、親では同じ行為をしても頭を下げてはくれない。もう少し練習が必要だと感じるところである。

 保育園ではいろいろな手遊びを教えてくれるが、私が知らないために一緒にはできないだけに残念だ。学習には復習が必要で、家でもう一度一緒にすることができないと覚えられない。
 繰り返しが息子の学習になるため、同じ時間に同じテレビを付けるように心がけている。テレビで同じような年頃の子どもが出てくるとテレビにかじりつき同じ動作し、また音楽が流れると体を揺らす。最初は何となく見ていたが、今は慣れ楽しむようになったようだ。

 学習は年齢に関係なく一生行われる。年齢があるところまでいけば、回数を少なくして行うこともできるし、また年齢を重ねたならば逆に忘れっぽくなり同じことを何度も行わなくてはならなくなる。繰り返し行うことは生まれながら離れることが出来ない学習の一部であり、その経験は応用として生かされていく。知りたい・学びたいとちょっとした姿=行動から繰り返し学習を自らしていることに改めて知らされるだろう。

2013年2月21日 (木)

【第268回】 学校は百代の過客にして、行き交う生徒もまた旅人なり

 2月は、本校の高校入試や3年生の仮卒業式、自主講座の閉講式など行事が多い。その一方で、もうすぐ新学年を迎えることになる。毎年、1年生特進クラスを担当している私は、2・3年生特進クラスが横並びということもあり、自分が1年生のときに担任した生徒とよく階段や廊下ですれ違う。そして、必ずと言っていいほど、「もうすぐ3年生だね」、「もう卒業?早いね!」、4月になれば、「もう2年生?この間、入学してきたと思ったら」、「あっという間に3年生やな」などの言葉を生徒にかけている気がする…。中には本校の入学試験で出会ってからの付き合いの生徒もいる。こういった1年1年の生徒の成長を見届けられるのは教師をやっていて楽しい部分である。

 しかし、本当に月日が経つのは速い。それは我々に無言のプレッシャーとなって重くのしかかってくる。この短い3年間でどれだけ生徒達を成長させてあげられるか?この課題をクリアすべく私たち教員の教育活動が行われているのである。この限られた時間の中で、〈生徒の努力+教員の努力=最高の結果〉となるように今日も授業をしている。

 もうすぐ新たな旅人たちが本校にもやってくる。どんな1年になるだろうか。楽しみである。

2013年2月14日 (木)

【第267回】 「超々高齢社会」どう生きるのか

 電車やバスの中、デパートで買い物する人、街中で見かける人、どこでも、高齢者の占める割合が多くなったような気がする。戦後、産めよ増やせよと、合計特殊出生率(一人の女性が生涯に産む子どもの数の平均値)が4人を超えていた、いわゆる団塊の世代の時代から、徐々に出生数が減少し、1989年には親世代を支えるのに必要な2人を初めて下回り、以後、少子化が続いている。2000年に入り、1.26という最低値を記録してから、今日、1.3人辺りで推移している。今後、この状態が続くとすれば、ますます少子化に歯止めがきかず、高齢者を支える世代の減少は危機的状況に陥り、2050年頃には、人口の約半分近くが高齢者という「超々高齢社会」を迎えることになる。

 生まれた時から周りには物があふれ、何不自由なく成長したであろう現代の高校生たちには、自分たちが社会の中心となって活躍する時代が、どんな世の中に変わっているのか、想像をすることが困難だろう。しかし、これが現実なのである。このことを、私たちは皆、各々しっかりと受け止めなければならない時期にきている。人は一度オギャーと生まれるや、誰しも高齢期という人生の終末を迎えるのである。自分が高齢者になった時に、どう生きたいか、どう支えられたいか、高齢期の人生設計を考えておくことは、もはや高齢者だけに限ったことではない。

 加齢とともに人は皆、身体機能が衰えていく。これまで出来ていたことが、出来なくなり、人の手を必要とするときが必ずやってくる。高齢の両親、とりわけ、認知症の母の介護を通して、学んだことが多かった。排泄機能の衰えがひどく、尿失禁には、正直なところ悩まされた。毎晩、寝る前に、布団におねしょシーツを敷き、おむつを当て寝てもらっても、朝方起きてみると、おねしょシーツを毛布代わりに掛けていて、布団は濡れ、本人の着ているものも、ぐっしょりだった。朝は戦争だった。それから、本人を着がえて、濡れたものを一式洗濯し、布団を干し、朝ごはんを作り、昼食用のご飯も用意して、それから、学校に出てきていた。あの頃は、自分が大変なんだ、自分がと、自分のことしか考えていなかったように思う。母の立場に立って見れば、おねしょシーツを濡らしていけないから、と逆に迷惑をかけないための行為だったのかもしれない。おむつも時々はずして、隠してあった。布団の下や、こたつの中、特に腹が立ったのは、きれいに洗濯してある、衣類の間に隠してあった時だった。これも、汚しちゃいけない、汚してしまった、申し訳ない、そんな思いからの行動だったかもしれない。徘徊もあった。何度も警察の御世話になった。親の介護と一口に言うけれど、こんなに大変なことはない。その負担を救ってくれたのが、社会の仕組みだった。2000年から始まった、介護保険制度のおかげで、家族だけでなく、社会みんなの手で介護する時代へと変わってきた。

 近い将来、高齢者が高齢者を介護する時代がやってくるだろう。元気な高齢者と虚弱な高齢者、この両者を分けるのは一体何なんだろうか。父親は3年前に他界したが、死ぬまで、気もしっかりして、認知症の母を気遣い、支えていた。その父は、趣味の盆栽が自慢で、体力の衰えを防ぐための畑仕事などにも精を出し、どちらも、良く出来たものは、惜しみなく、人様にあげることが喜びである人だった。いつも、前向きに物事を考え、相談を持ちかけると、「明日は明日のこと」と言ってくれて、そうだなあ、考えていてもしょうがないかと思えてくるのだった。「他力本願」(仏教の世界では意味は違うのだが)という言葉があるが、他人を当てにして生きる生き方か、自分の人生にきっちり責任を全うする生き方か、その差ではないだろうか。

 自分が将来どうなるか予想もつかないが、世話をされる高齢者になるよりは、世話を出来る高齢者でありたいと願うところである。

2013年2月 7日 (木)

【第266回】 父親の死

 先日の1月13日に父親が73歳で他界しました。昨年の10月頃に病気が発覚し、あまり長くはないということは病院の先生から聞いていたので、多少の心の準備はできていたつもりでしたが、わずか3ヶ月余りで逝ってしまいました。
 あまりにも突然の出来事ばかりでしたので驚き、とまどうことばかかりだったのですが、今思うと親孝行らしいことがほとんど出来ていないことに気づき、後悔ばかりです。今さら後悔してもしかたないのですが、このような気持ちです。
 親が亡くなるということは、可能性としてあるということはもちろんわかっているつもりだったのですが、実際に体験してみると予想していたよりも遙かに悲しく、つらい出来事だということに気づきました。また、お通夜やお葬式に参列して下さる方々へのありがたみや一言声をかけて下さる方々への感謝の気持ちが自然と湧いてきて、自分でも驚いています。
 今回の体験を通して、今までわからなかったことに気づくことが出来たことは良かったと思います。これからは、父親の意志を継いで頑張ってゆきたいと思っています。

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