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2012年12月27日 (木)

【第261回】 「ある日の黒板」川合 美保 (国語)

二学期が先週で終了しました。今年もあと一週間ほどで終わりです。生徒は冬休み中も勉強に部活にますます頑張っていますが、この一年もさまざまなことが起こっては過ぎ去って行きました。
そんな中つい先日のことですが、「マヤの終末論」なるものがニュースの話題になったころに、ふとあるクラスの黒板を思い出しました。

黒板は、授業で教師が利用するだけでなく、クラスへの報告・連絡・コミュニケーションなど日常的に活用されます。
授業を行うには何も書かれていない状態から始めたいものなのですが、まれに前の授業の内容が残っていることがあります。始められないので消すように指示しますが、「私も習ったな~」と懐かしくなり、いけないことですが、ついつい読んで考え込んでしまうこともあります。
あるときには友人や先生の誕生日を祝うために、画面いっぱいにカラフルにデコレーションされたお祝いメッセージに遭遇することもありました。そんなときはあまりにもみごとすぎて思わず微笑んでしまいます。
また朝いちで授業に行けば、クラスの生徒のために書かれたその日の一言が残っています。そこには担任の先生が工夫して選ばれた名言が並びます。感心させられるものだったり、考えさせるものだったり……。

そんなある朝の授業、やはり残っていました、その日の一言が。
「明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい。」
だれの名言かご存知でしょうか?インド独立の父として知られるマハトマ・ガンジーの言葉です。これを目にしたときは「あ、今日はこれか…」くらいの印象でしたが、今このニュースとともに改めて聞くと、実感させられます。本当に世界が終わってしまえば元も子もありませんが、ただ、自分の人生がいつかは終わりを迎えることはだれでも考えるのではないでしょうか?しかし、それがいつかなんてのはわかりません。
そして彼はさらにこんなことも言っているそうです。
「重要なのは行為そのものであって、結果ではない。行為が実を結ぶかどうかは、自分ではどうなるものではなく、生きているうちにわかるとも限らない。だが、正しいと信じることを行いなさい。結果がどう出るにせよ、何もしなければ、何の結果もないのだ。」
どうですか?私は何かしなければならないという気になりました。こうして一つの黒板を眺めながら、生徒も教師もさまざまに思いを広げているものです。来年もさらなる「学び」の年になることを願ってやみません。