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2008年4月 2日 (水)

【第33回】古き良き校舎で

 昨年度私が受け持ったクラスは、2年9組の福祉コースと美術コースの生徒が在籍するクラスであった。そのため、教室にはボランティア活動を募集する掲示物や生徒自身が設置した空缶のプルタブ回収を呼びかける箱があり、福祉コースらしさを感じた。私が教室に飾った花を喜んでくれ、頼まずとも水替えをしてくれる生徒がいる。

一方、教室の隅には、画材のつまった大きなカバンや製作途中の作品が目に付いた。落ち着くのだろうか、授業中も無意識に練りゴムをこねながら話を聞く姿、放課後に教室の机を4つあわせて大きな画用紙を広げ制作に励む姿が見られた。中庭に出てイーゼルを置き、校舎や植物をスケッチしているのも私が好きな光景のひとつである。

 ところで、この生徒たちの教室というのが、実は生徒玄関から最も離れた場所にある。第2学館3階のいちばん隅にある教室だ。朝、玄関で靴を履き替え、息を切らせて教室に飛び込んでくる生徒も少なくない。そこは、板張りの床、今ではアンティークともいえるドアノブやねじ式の窓の鍵など、長い歴史を感じさせる古い校舎の教室である。

 現代の子ども達は、物に恵まれとても便利な環境で育っている。しかし、この教室は違う。朝日の差し込む気持ちの良い朝を迎えられるのだが、夏はとにかく暑い。エアコンや扇風機を回してもいっこうに涼しくならない。冬は今時めずらしい煙突つきの大きな石油ストーブで暖をとる。これは指一本で、というわけにはいかない。1階から灯油を運び、ストーブに給油をし、3段階のスイッチ操作をしてようやく着火する。それでも教室が暖まるには1時間はかかる。金属製のたらいに水を入れ、ストーブの上に乗せておくことも忘れてはならない。そして、水が蒸発して少なくなっていることに気付いた生徒は、ちゃんと水を足してくれる。

 ボタンひとつで瞬時に何もかもが満たされる時代に育った子どもたちでも、与えられた環境に順応していくのだなと感じる。時には不便さも必要なのではと思える。

 私がいつも生徒たちに言っていることがある。「古いのと汚いのは違う。どんなに新しい校舎でも使い方が悪く掃除をしなければ汚いし、どんなに古い校舎でも大切に使いこまめに掃除をすればきれいになる。」と。

 しかし、この古い校舎ももうすぐ取り壊され、新しい校舎へと生まれ変わる。2年9組の生徒たちは、この1年間自分たちが最後の生徒だという特別な気持ちと愛着を持って、大切にこの教室を使ってくれた。ありがとう。そして、これまで生徒たちを温かく見守ってくれた校舎にありがとうと言いたい。

 毎年この季節になると、第2学館の長い廊下の窓から校舎の横に咲いている桜の花を見ることができる。まるで雲の上を歩いているかのように桜を見下ろせるのだ。日毎に花を咲かせ、そして散ってゆく。教室に向かうときに毎朝変わる桜の様子を見るのが好きだった。今年はその景色がおあずけになるが、来年の春がとても楽しみだ。

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