« 【第625回】 「4年目の遊学」 | メイン | 【第627回】 「“Stay home”の達人をめざして」 »

2020年4月30日 (木)

【第626回】 「春の心」中村 ゆかり (国語)

 年号も改まって令和初の4月も終わりに近づき、1年の限られた期間、日本中が淡く幸せな色に包まれる季節が過ぎ去ろうとしている。ちまたでは時ならぬウイルスにより、緊張を強いられる日々が依然として続いていて、毎年花見客のマナーが取り沙汰されるニュースも、今回ばかりは様相が一変していた。
    世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし
    (もし世の中に桜がまったくなかったなら、春を過ごす人の心は
     どんなにのどかであることでしょう)
世の中に桜がまったくなかったなら、人々は桜の開花を待ち望んで「咲いた、咲いた」と騒いだり、桜が満開を過ぎたら「散った、散った」と騒いだりすることなく、心穏やかに春を過ごすことができると業平は平安の人々の「桜」に対する心情をこのように うた った。一見、春の平穏を望んでいるかのようにとれるが、業平自身の桜に対する強い思いが伝わってくる。貴賤を問わず、当時の人々に桜が与えていた感動は大きく、その心は1000年の時を経た現代の私たちにも通じている。世の中が穏やかだからこそ花の移ろいに一喜一憂できるのであり、古人も現代人も桜に心を乱されている状況がどれほど平和であるか、その有り難みが痛感させられる。
 春は学校、企業…様々なことが動き出す始まりのときでもある。そう考えると肝心なスタートがスムーズに切れないことに一抹の不安を感じさせられる。本校もこの春411名の新入生を迎えた。意欲に満ちて、これからの高校生活に期待を抱いていた新入生たちも出鼻をくじかれた思いであろう。1年365日、数日を除いて生徒の声が絶えることのない学舎が静まりかえっていることはなんとも寂しい限りである。心なしか中庭の創設者像の表情も曇っているように見受けられる。伝えたいこと、たくさんの経験を積んでほしいこと、人として大きく成長してほしいこと、泣いて笑って悩んで…一緒に学びたいことは山ほどあって、10代の輝かしい貴重なこの時を少しも無駄にさせたくはない。
 桜もとうに見頃を過ぎ、間もなく目に眩しい新緑の時が巡ってくる。1000年前の古人が桜に心を乱されていた春のように、穏やかに季節の移り変わりを送くる日常が戻ることを心待ちにしている。