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2011年10月27日 (木)

【第205回】 テスト安達 健佑 (保健体育)

 先週、中間テストが行われた。1年生にとっては2回目の中間テストであったと思うが、テストの雰囲気にもだいぶ慣れてきたのではないだろうか。

 テスト一週間前になると、職員室前は生徒で賑やかになり、「先生!わからないから教えて!」という言葉が飛び交う。また、授業終了後には、先生方をつかまえて質問している生徒や遅くまで学校に残って勉強している生徒もいる。こういった生徒の頑張りを見ると、「私も頑張らないと」という気持ちになる。おそらく、生徒は家に帰ったあとも夜遅くまで勉強していることだろう。

 テストといえば、学生時代を思い出す。特に、高校生の時である。当時は、寮で生活をしていたため、テスト前になると、寮の食堂や先輩の部屋で友人や先輩と勉強した記憶がある。「今回はどういう問題が出題されそうか」といった話をしながら、夜遅くまで勉強していたことを今でも覚えている。特に、私が高校1、2年生の時は、同じ運動部で部活も勉強も頑張っている先輩がいたため、わからない問題があればその人のところまで質問しに行くことが多かった。その先輩の背中を見て、私も部活と勉強の両方を頑張りたいと考えるようになったことを覚えている。

 さて、生徒のみなさん、中間テストが終わりました。いろいろと反省点もあると思います。次は、12月に期末テストがあります。今回の中間テストよりも成績が向上するよう、最高の準備をして、万全の状態で期末テストに臨んでください!!

2011年10月13日 (木)

【第203回】 続けること浅岡 宏之 (理科)

 季節の移り変わりが急激に起こったようで体調を崩す人が目立っています。しかし、夏から秋に急に変わったわけではなく、夜が涼しくなり、昼間も比較的過ごしやすい日が出始めていました。そして、ある日を境に季節が変わったと認識します。気温以外にも雲の形や虫の鳴き声、咲いている花の種類など自然は次の季節に向かって時を刻んでいますが、街中を毎日歩いていてもほとんどその変化に気づくことはほとんどありません。気温が急激に下がる日などに、いつの間にか季節が変わっていたことに気づかされます。

 先月末に吹奏楽部の定期演奏会がありました。遊学館に入学したときはほとんど楽器が弾けなかった人もいるでしょう。ですが練習を繰り返すことでだんだんと上達していき、すばらしい演奏を披露することが出来たのだと思います。

 遊学生は多くのポテンシャルを秘めており、それが現れているのが遊学館の各部活動だと思います。部活動を続けるのは大変で辛かったりなかなか成果が出なかったりすることもありますが、あきらめずに練習を続けることで以前はできなかったことができるようになり、試合等の結果に結び付いているのではないでしょうか。

 その潜在能力は運動面に限らず、勉強面でも発揮させてほしいと思います。勉強が苦手な人も毎日の授業をきちんと受けることで、はじめはなかなか点数に結びつかなくても次第にいろいろな問題を解くことができるようになるはずです。

 3年生は今入学試験や就職試験の最中です。将来を見据え進路について真剣に考え、合格に向けて試験勉強や面接練習をこつこつと頑張っている人に良い結果がもたらされますように願っています。

2011年10月 6日 (木)

【第202回】 ある日のつぶやき進地 直子 (英語)

生徒A:英語なんかしゃべれんでもいいわ。日本人やもん。必要ないし。
生徒B:日本から出ることないし、海外なんか行かんもん。英語知らんでも生きていける。

英語の授業時間に生徒からよく聞く言葉だ。今や英語はもちろんのこと、他の言語も話せることが求められようとしている。2013年度から、文科省の学習指導要領が変わり、英語で授業を行う試みがなされる。これに伴い、今までの文法、読解力中心の授業からコミュニケーションツールとしての英語を身につける授業に方向転換がなされるであろう。日本語だろうが、英語だろうが、中国語、韓国語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、etc. だろうが、すべての言語は、意思疎通のための手段にすぎないのだ。そして、その言語を使うのは、とりもなおさず、人間なのだ。世界中どこへ行っても、人種や肌の色は違っても、同じ人間なのだから、基本的な人の感情は言葉が無くても、案外分かりあえるものである。怒っているとか、喜んでいるとか、悲しんでいるとかは、人間共通の感情だからだ。しかし、自分の意志や考えを相手に伝えたいと思ったら、お互いの共通言語で話さなければ通じない。そこで、世界共通の言語である英語を身につける必要があるのだ。

以前、スペインに旅行したとき、英語は一般の人々には通じないが、駅でロッカーから荷物が取り出せず困っていたとき、しきりと英語で訴えていたのを聞きつけた人が、英語のわかる係員を呼びに行ってくれて事なきに得たことがあった。ともあれ、英語は世界で通用する言語なのだ。残念ながら日本語ではないということだ。だから、私たち日本人は、世界の人とわかり合うために英語を知る必要があるのだ。

残念なことに、生徒たちと同じような考えを持つ人は案外多いものだ。実に、気の毒に思う。なぜなら、自らに、自分の世界観を狭めているようなものだからだ。内側だけを見ていたのでは、外側のことがわからない。外側の世界を知れば、内側の世界が良く見えてくるものだ。日本の国の素晴らしさ、日本人の良さが認識されると同時に、世界と向き合っていくために日本人が獲得しなければならないことも見えてくるのだ。そして、初めて世界に通用する日本人になれるのだと思う。

これからの日本を、世界を背負って立っていく若い生徒たちに、もっと視野を広げて、グローバルな思考を身につけていって欲しいものだ。

(ある日の英語の授業から)

追記:

身の回りには案外英語があふれている。電車やバスの中のアナウンス、街中の表示案内板、観光名所の案内パンフレット、等など、探せばあちこちにあるものだ。何も、高額の英会話教材を買わなくても、いたる所に教材は転がっている。ちょうど、読書の秋、いい季節でもある。街中を散策しながら、『英語』を見つけてみませんか。