2026年10月15日 (木)

【第961回】「次世代をはぐくむ」神原 結衣 (家庭)

 現在、家庭基礎では「次世代をはぐくむ」単元の授業をしています。命のはじまり、つながり、乳幼児期の体と心の発達、どのようにして生まれ、育ててもらったのか、子どもの頃の記憶を思い出しながら授業を進めています。

 幼児期の心の発達について、家庭科の教科書には「1歳頃に自己意識が芽生え、2歳頃になると親に対して『いや』、『自分でする』等が多くなる、第一次反抗期が訪れる。この時に周囲の大人は温かく見守ることが必要である。」と記載されています。

 2人の母である私は日頃、教科書の一文のように「怒らずに優しく話を聞こう」、「公園で帰りたいというまで存分に遊んであげよう」、「少しばかり『いやいや』と言われても受け入れてあげよう」、「時間がない時に『一緒に料理をしたい!』と言われたらキュウリだけでも切らせてあげよう」、「手が離せない時に『ママ!』と呼ばれたら、手を止めて応えてあげよう」と、仕事を終えて保育所へ向かう車の中でこんなことを考えています。
 しかし、現実の私は余裕がなくイライラしてしまい子どもを抱きしめるどころか追い立ててしまう日ばかりです。

 教科書の一文と私の子育てを照らし合わせて、『こんな私に、生徒へ何を伝えられるだろう』と悩み葛藤しながら授業を進めていました。そんなある日の授業の振り返りシートに多くの生徒が、産んでくれた感謝、育ててくれた大変さの実感と嬉しさ、自分が親になった時に返したい等の、まっすぐな思いが書いてありました。

 この言葉を目にしたときに、理想通りにいかなくてイライラしてしまう日も、余裕がなくて受け止めてあげられない日も含めて、完璧な親になんてなれなくても、悩みながら葛藤しながら育ててきた時間そのものが、「愛されていた」という温かい確信となって届いているのかもしれないと思いました。生徒のまっすぐな言葉に、母としての私自身が救われた瞬間でした。
 教科書に書かれたたった一文の言葉の裏側にある、親の膨大な愛と苦労、「次世代をはぐくむ」という授業を通して、命を育むことの本当の愛おしさと深さを学んでいるのは、生徒たちだけでなく、教壇に立つ私自身なのかもしれません。

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2026年10月 8日 (木)

【第960回】「親のありがたみ」神谷 崚仁 (情報)

 皆さんは、親に対して、感謝の気持ちを伝えていますか?
 私は埼玉県出身です。遊学館に入学し、親元を離れて寮生活を始めました。中学生までは当たり前のようにしてもらっていた洗濯、掃除、食器洗い。それを、どんなに疲れていても、体調が悪くても、誰も代わってはくれません。
あの「当たり前」は、親が毎日、黙って支えてくれていたものでした。
 そして昨年の12月25日、私に息子が生まれました。
 親に守られていた私が、今度は親になりました
息子は、毎日すごいスピードで成長していきます。その姿を見ていると、本当に幸せな気持ちになります。しかし、同時に、毎日が必死です。夜泣きでほとんど眠れない夜もあります。目の前のものは何でも口に入れようとするので、一瞬たりとも目が離せません。仕事や部活動でどんなに疲れて帰ってきても、それは変わりません。
 その時、ふと思いました。
 「私の親も、こうして私を育ててくれたんだ」と。
 皆さんには、赤ちゃんの頃の記憶はないと思います。けれど、記憶に残っていないその時間こそ、親が眠れない夜を重ね、自分のことは後回しにして、ありったけの愛情を注いでくれた時間です。
 では、今の皆さんに、親へどんな恩返しができるでしょうか。
 それは、学校のルールを守り、真剣に勉強し、様々なことに挑戦して、人として成長すること。しっかりとした姿で遊学館を卒業していくこと。何よりもそれが、親にとって一番の恩返しになると思います。
 そして、立派な社会人になって初めてのお給料をもらったら、是非親を食事に招待して下さい。きっとその日は、親にとって一生忘れられない1日になると思います。

最後にお知らせです。
10月3日から、第105回全国高校サッカー選手権 石川県大会が始まります。
みんなで一緒に全国大会に行きましょう!

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2026年10月 1日 (木)

【第959回】「知る楽しさ」K. Y. (英語)

 今年の東京大学の英語入試問題で、ハッとさせられる言葉に出会いました。精神分析で有名なフロイトについての文章です。その中に、こんな一節がありました。

It is our desire for knowledge that animates us; and it is our passion for ignorance about ourselves that is so time-consuming, so life-consuming.

「私たちが生気を得るのは『知識への欲求』によってであり、そして、非常に時間がかかり、生命を消費させるのは『自分自身について知ろうとしないことへの熱情』なのである」

 少し難しく聞こえますが、要するにフロイトは「知りたいという好奇心こそが、人間の心をワクワクさせ、人生を生き生きとさせる」と言っているのです。
 この言葉を読んだとき、以前、長野の上高地に行ったときのことを思い出しました。
 上高地で山登りをした際、「なぜ白樺が多いのか」「なぜ水がこんなに澄んでいるのか」と疑問を持ち、調べてみたことがあります。知識がない状態なら「きれいだな〜」と眺めて終わりにしてしまう景色でした。しかし、その理由を知ったとき、ただの綺麗な風景が自然を生き抜く力強いストーリーとして迫ってきました。「知る」ことで世界の解像度が上がり、心が活気づいた瞬間でした。
 何かを知ることで世界の解像度が上がり、心が活気づく。これこそが、人間が本来持っている「知る楽しさ」なのだと思います。
 でも、フロイトは人間の少し厄介な本性についても触れています。
 私たちは、自分の弱さなど不都合な現実には「知りたくない」とブレーキをかけ、言い訳に莫大なエネルギーを使いがちということです。でも、そのエネルギーを少しだけ自分の内面への好奇心に向けられたら、世界はもっと広がります。
 学びとは、テストで点を取るためだけのものではありません。知ることで世界が広がり、日常が豊かになる。そう考えると、やっぱり死ぬまで勉強だなと思いました。

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2026年9月24日 (木)

【第958回】「準備の大切さ」尾谷 力 (地歴・公民)

 先日の大雨の日のことです。
 朝5時過ぎに自宅に隣接する駐車場、この駐車場は近所の不動産屋さんが月極めで貸し出しているところですが、この駐車場前の側溝の草抜き・泥取りを行いました。
 言うまでもありませんが、大雨特別警報が出されたためです。

 そもそも、天気の良い日に草抜きなど行っていれば慌てる必要はなかったのです。しかし、「うちの側溝じゃない」と放置していました。それでも道路が水に浸かると困るため、慌てて整える必要が生じたのです。


 さて、みなさん。
みなさんは「先を見越して行動する」ことはできますか。

 学校は2学期をむかえ、入学・就職試験の時期となり3年生を中心に慌ただしくなってきました。
 生徒の様子を見ていると、夏休みからしっかりと準備を行ってきた生徒、残念ながら、担任の先生や保護者の力を借りつつ、現在進行形で取り組む生徒、様々です。

 私も私の母校を受験する生徒の志望動機の作成を少し手伝わせてもらいました。志望動機を書くには、オープンキャンパスに参加しパンフレットを読み、自分の学びたいことと関連付けてまとめなければならず、簡単ではありません。その上で、レポートなど事前に提出すべき課題があればその準備はたいへん時間がかかります。

 私は雨に打たれながら草を抜いたのを思い出しつつ、「準備する」って大切だなと感じました。

 これをみなさんに当てはめると・・・

定期考査の日程と範囲を押さえて、苦手なところは早めに勉強する。
得意な種目は伸ばし、苦手なところを改善できるように練習する。
自分の将来をイメージし、やりたいことを考え、2年生の内からオープンキャンパスに参加する。

 となるかもしれませんね。


 最後に「準備が大切」と言いつつも、締め切り日にこの原稿を書いている私からの生徒の皆さんへのアドバイスです。
 事前準備が十分だと、目標達成の可能性は大きく上がります。過ごしやすい季節になりました。そこで、何か一つでいいので余裕をもって準備してみよう。

20260924オープンキャンパスに参加できなかった生徒は、Webサイトを見ながら書いてみて。

2026年9月17日 (木)

【第957回】「音楽は生き物!」大嶋 直樹 (芸術)

先日、ラジオ番組の収録で、音楽との出会いや、生徒たちとの日々についてお話しする機会がありました。

その中で、改めて感じたことを少し。

今の高校生たちは、スマートフォンを開けば、世界中の素晴らしい演奏を見ることができます。

そんなデジタルな時代だからこそ、私は吹奏楽やマーチングは「究極のアナログ活動」だと思っています。

自分で息を吸い、自分の身体で音を出す。
仲間の音を聴いて呼吸を合わせ、マーチングでは全身を使って表現する。

そこで生まれた音やエネルギーが、そのまま目の前のお客さんに届いていく。

私は、この「ライブ!」な感じが大好きです。

きっとほとんどの生徒は、最初は「自分のため」に音楽を始めます。

上手になりたい。
先輩みたいに演奏したい。

でも、一生懸命続けていると、

「自分の音で誰かが笑顔になった」
「自分たちの演奏で誰かが感動してくれた」

そんな瞬間に出会います。

自分のために始めた音楽が、いつの間にか誰かのための音楽になる。

そこから、音楽の楽しさがもう一段大きくなるような気がしています。

遊学館で指導するようになって約15年。

今では、卒業生が保育士として子どもたちにマーチングを教えていたり、教員になって一緒に働いていたり、卒業生同士で演奏会を企画したりしています。

自分たちが受け取ったものを、今度は次の世代へ。

そんな姿を見ることが、指導者として何より嬉しいことです。

卒業後は、演奏することから離れてしまう人もいるけど、

ただ、

「自分が一生懸命やったことで、誰かが喜んでくれた」

という感覚は、ずっと忘れないでほしいと思っています。

音楽は生き物!

同じ曲でも、メンバーが違えば、場所が違えば、その日の気持ちが違えば、音楽も変わります。

だからこそ、

今日しかできない音楽を、今日しか出会えない人たちと。

今日も、遊学館で出会った仲間との一瞬一瞬を、みんなで楽しんでいきたいと思います。