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2023年9月14日 (木)

【第800回】「覆すストーリーメイキング」和田 康一郎 (国語) 

 2年「国語表現」の授業で、芥川龍之介の短編「魔術」の続きを書くという、夏休み課題が出ました。完成した短編の続きを考えるのは、難しかった生徒もいることでしょう。ちなみに課題の発案者は私ではなく、本ブログ執筆時点で生徒の宿題作品を読んでもいません。
 「無茶ぶり課題でこそ発想力が磨かれる」と考えて、前向きに取り組んでほしいと思っています。今回も突破方法が幾とおりかあるでしょう。「魔術」本文は、「青空文庫」等でブログ読者に確かめていただきたいです。「私」が魔術を教わろうとして雨の夜にミスラ君を訪問する、前後半に分かれた、プロット(筋立て)がはっきりした短編です。終わったと見える物語の先を続けるには、これまでできあがっている流れを覆す新たな展開が必要です。作中の展開・登場人物を伏線にすることも可能です。
 「覆す」展開の例を、題を失念しましたが、A・A・フェア(米)の法廷ミステリーから挙げます。①~③の弁護士の主張が、陪審員(ばいしんいん。刑事裁判に参加して有罪か否か決める存在)の④により覆されます。
 ① 「皆さんは被告を殺人者だとおっしゃるが、死体は発見されていません。殺害
  されたとされる人は存命で、今日にでも姿を現すかもしれません。」
 ② 「あっ、入口を見てください。被害者とされた人の姿が!」
 ③ 「今のは虚言ですが、皆さんも心のどこかで殺人を信じ切っていなくて、被害
  者が生きていればいいと期待しているから、私の声に反応して入口を注視された
  のではないでしょうか。状況証拠だけで被告に罪を着せないことを、弁護側は希
  望します。」
 ④陪審員A「いや、やっぱりこの人が犯人だ。この法廷でただ1人、入口を見なか
  った人がいる。当事者は死んだと知っている人だ。それが被告なんだよ。」――
 「魔術」には、銀座のクラブの骨牌(カルタ)仲間や、ミスラ君の女中のお婆さんが登場します。その人たちを登場させて、展開プロット案を3例提示します。ストーリーを考える際の、ご参考までに。
1、魔術を教えるのを断ると聞いて、がっかりして私は玄関へ出た。他の部屋から、
 落胆した様子の友人たちも、玄関に向って歩いてきた。
 「なんだ、君たちも来ていたのか。」
 「ああ、欲が捨てられない人物には、魔術を教えられないと言われたよ。」
2、(ミスラ君を欲張りにする。)
  ミスラ君にたしなめられて、がっかりして帰ろうとすると、女中のお婆さんがあ
 わてた様子で、部屋に駆け込んできて、言った。
 「旦那さま、大変です! 先日の男にすすめられて買った株が大暴落しました! ち
 くしょう! あの男の口車に乗ったせいで、旦那さまは大損しましたぜ!」
3、(他の作品の結末展開を付け加える。)
  玄関に来た私は、「俺が引剥ぎをしようと恨むまいな!」と言うと、老婆の着物を
 奪い 取った。足にしがみつこうとした老婆を蹴り倒すと、着物をわきに抱えて、
 外へ駆け出した。外は雨が降っていて、黒洞々たる夜があるばかりである。
 老婆「『羅生門』かよ!」

2022年4月21日 (木)

【第726回】「18歳新成人が失敗しないために」和田 康一郎 (国語) 

 4月から成年年齢が18歳となりました。成人すれば、保護者の同意を得ずに、さまざまなことが可能になります。しかし、そこにつけこんで新成人をだまそうと牙をむいてくる人も、世の中にはいます。知識を得て、注意してください。今回は借金契約について。
 まずは、計算してみてください。中学生の知識があれば、できます。

問: ある人が毎月25万円ずつ、25年かかって7500万円を返済しました。年利を40%とすると、元の借金額はいくらでしょう。
 元の借金額をxとして、解いてみましょう。
 年利40%は、0.4と数値化できます。0.4x×25年が元の借金額に加わっています。
 ですから、x+0.4x×25=7500(万、以下省略)となります。
 すると、x+10x(=11x)=7500 となるので、
  x < 700となります。 元の借金額は、700万円に満たないのです。

 「700万円も借りてないのに、7500万円返さなければならないなんて、そんな馬鹿な! 誰のしわざだ」と叫んでも、事前に計算もしないで契約を結んだ「責任ある」成人のしわざでしょう。借金総額は借りた金額と同額ではなく、契約金利と返済能力(今回は25万円×12ケ月=年300万)で決まるのです。女優の杉田かおるが、24歳の時に借金が1億円あったと以前語っていましたが、20代の女性に1億円貸す人はいないでしょう。契約金利と彼女の返済能力では、借金が1億までふくらんだということで、実際に借りた金額はおそらく、けたが一つか二つ少ないだろうと思われます。
 年300万円も返すのだから、3年ぐらいで返せるだろうと勘違いしやすい例です。実際には25年も借金に苦しむことになります。
 「借金は取り戻せる」という宣伝を聞いて、借金が無効にできると勘違いしている人も世の中にはいます。実際は「払い過ぎ」の金額のうち、弁護士事務所の報酬分を差し引いた額が戻るだけです。現在、金利の法定上限は100万円以上で15%ですから、年利40%の契約では、25%分は過払い分です。法律事務所がもうかるので、盛んに宣伝されているわけです。最初から、巨額の借金をこしらえないように注意しましょう。
 お金の契約は、借金に限らず、事前によく計算して慎重に。心すべきことにこそ。

2020年11月 5日 (木)

【第653回】 「ラウンド・キャラクターであるように」和田 康一郎 (国語) 

 小説の登場人物を、イギリスの作家E・M・フォスターは2種類に分類しました。フラット・キャラクターとラウンド・キャラクターです。前者は小説中で変化しない人物、後者は変化を遂げる人物です。人間的成長を遂げる人物も、後者に当たります。
 成長する人物の代表例は、太宰治「走れメロス」のメロスです。えっ、フラット・キャラクターでは?と思った方もいるかもしれません。そういう人は、中学校の教科書等で読み返してみましょう。
 メロスは最初は優れた人物ではありません。王に怒るとその足で城に侵入し、捕まって死刑を命じられます。そうなって初めて、妹を結婚させるまで死ぬわけにはいかないと思い当たり、親友を身代わりに人質にして、村に向かいます。この辺りのメロスは、中学生にも馬鹿にされるような、自称の勇者に過ぎません。
 ところが、間に合うか否かわからない状態で、必死に駆け続けるうちに、メロスは変わります。結果は問題でなく、人の信頼に応えるべく最大限の努力を続けることが尊いと悟るに至ります。結末では、語り手がメロスを「勇者」と呼んでいます。自称の勇者が本物の「勇者」と認められるまでに、人間的に成長するのです。
 「走れメロス」をクサい友情物語と貶める向きがありますが、現在は同意する人は少ないでしょう。(むしろ、人の成長が分からない人だと、白い眼で見られるかもしれません。)その理由は、日本でオリンピックが行われる予定だからです。結果は分からないけれども、応援に応えるべく最大限の努力をしているアスリートが、数えきれないほどいて、現在でも各地で頑張っていることでしょう。メロスの激走は、そんなアスリートたちの努力と重ね合わせて読むこともできると思います。
 遊学館で学ぶ皆さんが、将来人間的に成長していける、ラウンド・キャラクターであることを、祈っております。