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2012年4月19日 (木)

【第228回】 命の絆

 少し前の話になりますが、皆さん、「今年の漢字」を覚えていますか?毎年、日本漢字能力検定協会が年末に発表している、その年の世相を表す一字です。2011年度の一文字に選ばれたのは『絆』でした。「今年の漢字」は公募であり、発表の前、一か月間ほど全国に応募箱が設置されるのですが(他にはハガキやFAX、ホームページからの応募も可能です)2011年は、私自身も京都タワーの応募箱から投票してきました。『絆』すなわち「きずな」=“人と人とを離れがたくしているもの、断つことのできない結びつき”です。大きな災害を経て改めて人と人とのつながりの大切さを知るということで、この『絆』という漢字は「今年の漢字」となる前から注目されていました。
 ところで、『絆』には訓で「きずな」以外に「ほだし」とも読みます。「ほだし」・「ほだす」とは、“自由に動けないように手かせや足かせ”、“人の自由を束縛する”ということです。「情にほだされて」などと言いますが、これも「人情にひかれて自由に行動することの障害となる」ということです。この意味から『絆』とは原義は牛や馬、人など自由を奪って繋いでおく枷(かせ)や障害のことで、離れがたいもの⇒つながりの意味から、今日我々が「きずな」としているニュアンスとして成ったものなのでしょう。
 この話をすると、「え、じゃあ『絆』ってホントは悪い意味なの?」と言われるのですが、別に『絆』の漢字が、いい意味だとか悪い意味だとかそういうことを議論しようというのではありません。ただ、私はこの「ほだし」をちょっと変わった風にとらえることにしています。先に「ほだし」は自由を奪う枷(かせ)や障害のことであると述べましたが、その枷(かせ)というのが、人をこの世にとどめるための枷だと考えたら――どうでしょうか?強い想いや思い出という心のつながりで大切な人を繋げて、絡めて、この世に結びつけておく枷(かせ)です。昔から、未練や妄執は往生の妨げとされてきましたから、原義通り、その枷は往生には邪魔なものかもしれません。それでも、大切な人にほど生きていてほしいと思うものです。生きていてほしい。だから、その人をこの世につないでおく「ほだし」をつけるのです。こういう風に考えると、そんな枷(かせ)ならあってもいいんじゃないかなあと、あちらこちらで目にする『絆』という字を眺めながら、物思いにふけることがあります。
 2012年が始まってから、早三か月以上が経ちました。しかし、このたった三か月で、自らの手で命を絶った人が全国で既に7000人以上います。
 その一人一人に、この世のほだしがあったなら――。
 自殺の訃報を受ける度にいつもそう思うのです。
 私が、あなたが、大切な人たちの命の『絆』=「きずな・ほだし」でありますように。失ってからでは遅いから。いつもいつも、そう願っています。

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